【一橋ビジネスレビュー】 2020年度 Vol.68-No.4

2021年春号<VOL.68 NO.4>特集:働き方改革の本質
――脱低生産性・脱低賃金をめざして

 

 

12・3・6・9月(年4回)刊編集

一橋大学イノベーション研究センター
発行 東洋経済新報社

特集:日本の労働生産性は、他のG7諸国(アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、カナダ)に追い抜かれ、OECD35カ国中で21位である。労働時間の短縮を主眼とする「働き方改革」が叫ばれているが、その本質はここまで低下してしまった生産性の回復に他ならない。もちろん、背景には周回遅れとなったDXや労働慣行見直しの遅れがあるが、現状認識の甘さにも大きな要因があるといえる。また、経済協力開発機構(OECD)の調査によると、1997年を100とした先進国の賃金指数は、2017年にはアメリカ176、イギリス187、フランス166、ドイツ155であるのに対して、日本は91である。日本は低生産性・低賃金国家に成り下がっているということだ。本特集では、いかに日本の生産性を上げ、賃上げを実現していくかについて議論したい。


特集論文Ⅰ 働き方改革の広がりと生産性への影響
有田賢太郎/児玉直美/酒井才介/髙橋孝平
(みずほ総合研究所株式会社 経済調査部兼市場調査部 上席主任エコノミスト/
 日本大学経済学部教授/
 みずほ総合研究所株式会社 経済調査部 主任エコノミスト/
 早稲田大学大学院経済学研究科博士課程)

本論文では、既存研究のレビューと独自アンケートの分析から、働き方改革の広がりと、生産性への影響について述べる。働き方改革は2016年以降、急速に浸透している。その理由として、働き方改革関連法立法に向けての産官あるいは労使での議論の高まり、過労死や格差問題への社会的関心の高まり、労働需給の逼迫の3つが挙げられる。働き方改革の生産性効果については、①労働時間の削減による効果はそれほど明確には見られない、②ワーク・ライフ・バランス(WLB)自体が企業業績や生産性を上げるという証拠は乏しく、WLBと企業の特定の雇用管理や業務改革などが組み合わさったときに初めて効果が表れる、③IT活用や業務効率化についてはあまり生産性効果が表れていないが、業務選別が生産性を向上させる効果はある、という分析結果を得た。

特集論文Ⅱ データやAIの利用は生産性とイノベーションに結びつくのか
大山 睦/北川 諒/堀 展子
(一橋大学イノベーション研究センター准教授/
 内閣府経済社会総合研究所 研究官/
 内閣府経済社会総合研究所 特別研究員)

ビッグデータ分析やAIなどの最新テクノロジーの導入が、生産性の向上やイノベーション活動に寄与すると論じられている。データやAIの利用は生産性の向上やイノベーション活動に結びつくのか。本論文では、「組織マネジメントに関する調査」で得られたデータを用いて、マネジメントの補完的な役割にも着目しながら、この問いについて定量的に答えることを試みる。本論文での分析結果は、最新のテクノロジーを導入しさえすれば、自動的に生産性の向上やイノベーションの活性化に結びつくものではないことを示している。最新のテクノロジーを活用して、生産性を向上させ、イノベーション活動を活性化させるには、組織マネジメントの変革や人的資本の充実も必要である。

特集論文Ⅲ 政府のデジタル化と生産性の向上
市川 類
 (一橋大学イノベーション研究センター教授
近年、日本政府のデジタル化の遅れが話題になっているが、本当だろうか。UNDESA(国連経済社会局)が発表した「世界電子政府ランキング」においては、日本の順位は比較的高い。本論文では、日本政府のデジタル化において、単なるオンライン化ではなくデジタル化の「質」としてデジタル・トランスフォーメーション(DX)の視点から取り組むことが必要であり、また、そのためには政府全体の巨大な組織連合体に対するガバナンス対応と、デジタル人材の採用・活躍がカギであることを示す。その上で、政府の司令塔の設置とこれまでの取り組みの経緯における失敗の本質を明らかにし、「課題先進国」日本の今後の取り組みの方向を提示する。

特集論文Ⅳ 「デジタル」になりきれない企業の形
――テレワークとDXを活用した新たなマネジメントに向けて

原 泰史/中園宏幸/今川智美
(一橋大学大学院経済学研究科特任講師/
 広島修道大学商学部准教授/
 ビジネス・ブレークスルー大学大学院助教

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は企業経営にも多大なる影響をもたらした。感染拡大の抑制を目的としたテレワークの導入は、企業内の協業の形に多大なる影響を与え続けている。しかしながら、1度目の緊急事態宣言解除後もテレワークを維持・発展させる企業がある一方で、従来のオフィスでの勤務に回帰する企業も見受けられる。本論文では、企業における働き方の変化について、2020年4月に組織学会の有志が実施した「新型コロナウィルス感染症への組織対応に関する緊急調査」に基づき、日本企業がテレワークを導入するにあたり、どのような課題に直面しているかを明らかにする。また、デジタル・トランスフォーメーション(DX)とも呼称される、企業のデジタル化がこうしたテレワークの導入や業務プロセスの変化に果たした役割について考察する。

特集論文Ⅴ なぜ日本の労働者は低賃金を甘受してきたのか
――ボイスメカニズムの衰退と萌芽
中村天江
(リクルートワークス研究所 主任研究員
日本の賃金は、いまや先進国のなかで安いだけでなく、職種によっては東南アジア諸国と比べても安い。しかし、賃金の当事者である労働者が「なぜ低賃金を甘受してきたのか」という分析はされてこなかった。日本、アメリカ、フランス、中国の労働者調査を分析したところ、①個人が賃上げを求める風土が、海外にはあるが、日本にはない、②転職時の賃金は、海外では要望すると増えるが、日本ではエージェントを介すと増える、③入社後の賃金満足度は、海外では要望すると上昇するが、日本では下降する、④どの国においても企業と賃金について交渉するには情報と交渉リテラシーが必要である、ということが明らかになった。日本では、労働者1人1人の交渉力を高める教育の拡充が期待される。

特集論文Ⅵ 有意義な人生を送るための生涯現役戦略
――「自助の時代」を前向きに生き抜くキャリア設計

佐藤文男
(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役社長
日本は人的資源管理において女性人材の活用が遅れているといわれているが、実は経験豊富な高齢者も活躍の場が少ない状況にあり、日本の生産性を著しく低下させる一因となっている。男女とも平均寿命が80歳を超える日本にあっては、定年後再雇用などで仮に65歳まで働いたとしても、リタイアしてから人生を全うするまで15年超の時間があることになる。しかも、医療の進歩とともに、その時間はさらに延びることが予想される。そうした高齢期の長い時間を生き生きと有益に過ごすには「生涯現役」というコンセプトで、健康なうちは働いて自分自身のためだけでなく、企業や社会に貢献していくという発想が重要になる。人生100年時代を迎えるなかで、生きることとは何か、働くこととは何かをより真剣に考える時代が到来している。もはや企業名や職位で勝負する時代は終わり、自分自身をブランディングしていくキャリア戦略が必要になっている。

特集論文Ⅶ 日本企業における「スター社員」の実態に迫る
服部泰宏
(神戸大学大学院経営学研究科准教授
企業内で平均をはるかに凌ぐ成果をあげ、高いビジビリティーを享受するスター社員が日本企業のなかにも存在するとすれば、それはどのような人たちであるのか。スター社員の集合とそれ以外の社員の集合とを分かつ要因とは何なのか。本論文では、スター社員とそれ以外の社員を識別する要因として、社員たちが保有する種々の資本(人的資本、社会関係資本、心理的資本)に注目し、それらがどのようにスター社員であることに関係するのかを検討する。日本企業14社計377人のデータより、①単発の業務における高業績社員の集合とスター社員の集合とは、基本的には別の集合であること、②スター社員とそれ以外の社員とを識別する要因は、彼らが有する一般的人的資本や心理的資本であることが、明らかになる。

[特別寄稿]動態経営の本質 
――経営学と現象学を綜合するヒューマナイジング・ストラテジー

野中郁次郎/川田弓子/大垣交右
(一橋大学名誉教授/一橋ビジネススクール研究員/
 立命館大学稲盛経営哲学研究センター客員研究員

コロナ禍によって経済活動の様相は一変した。これまでの企業経営の前提条件は崩れ去り、企業は、経営における新しい姿を模索している。「企業とは何か」「経営とは何か」「戦略とは何か」という命題は、経済理論や科学的アプローチだけでは解けない。著者たちは、経営学を人間的側面から捉え直し、企業の「生き方」の戦略論として、「ヒューマナイジング・ストラテジー」というモデルを提示してきた。本論文は、SECIモデルに始まる知識創造理論における「人間は、未来志向で意味を創造する主体である」という人間観を改めて示した上で、ダイナミック・ケイパビリティなど動態経営論の潮流を参照し、論究した。さらに、哲学、なかでも現象学を理論的基盤に置いてヒューマナイジング・ストラテジーの本質について議論を深め、未来創造に向けた実践的方法論を具体的に示した著者たちの近年の研究の集大成である。

[連載]産業変革の起業家たち
[第6回]「空飛ぶクルマ」でモビリティー革命に挑む
福澤知浩
(株式会社SkyDrive 代表取締役CEO)
インタビュアー:青島矢一/藤原雅俊

[連載]企業と社会を架橋するビジネスの新たなカタチ
[第3回]ビジネスから共生社会を考える
軽部 大
(一橋大学イノベーション研究センター教授)

[連載]イノベーションマネジメントの定石
[第1回]デザイン思考の効果と限界
吉岡(小林)徹
(一橋大学イノベーション研究センター講師)

[ビジネス・ケース]
メガネスーパー ――V字回復を成し遂げた組織変革
稲垣 豊/藤井奏枝/新間寛太郎/古橋健太郎/羽鳥洋介
(一橋大学大学院経営管理研究科経営学修士コース修了
創業者による強烈なワンマン経営により急成長を遂げた企業が、競争環境の変化による業績の悪化や創業家の代替わりによる求心力の低下により内部から組織崩壊していく例は多い。メガネスーパーもその典型的な例であった。1970年代に個人経営が中心だったメガネ業界に専門店チェーンとして参入して大きく成長した同社は、2000年代には新興メガネチェーンの台頭により業績が悪化して債務超過へと陥った。経営は迷走し、社員の士気は下がり、思考停止した指示待ち人間の集団へと化した。そのような状況において再生請負人として社長に就任し、同社をV字回復に導いたのが星﨑尚彦である。本ケースでは、星﨑がどのようにして社員の意識を改革し、組織を再生していったのか、その組織変革のプロセスを考える。

木村鋳造所 ――事業承継と経営理念の刷新
藤原雅俊
(一橋大学大学院経営管理研究科准教授
木村鋳造所は、1927年に静岡県沼津市で創業した鋳造企業である。90年以上の歴史を持つ同社では、これまで4代にわたって創業家による事業承継が連綿と行われてきた。そのなかで、1982年に社長に就任した3代目の木村博彦は、リーマンショックによる業績悪化の最中に新たな開発投資を敢行して同社を成長させた。と同時に、30年という超長期の計画で事業承継を考え、かなり早くから手を打ってきた。博彦の跡を継いで2011年に社長に就任した4代目の寿利は、新たな経営理念を打ち立て、ITを駆使した鋳造技術を武器として新たな事業展開を積極果敢に推進している。本ケースでは、同族・非上場を貫く木村鋳造所における事業承継と経営理念の刷新過程をたどりながら、同社が既存の大型鋳物の鋳造ビジネスに加えて、最新3Dプリンタを活用した小型鋳物の鋳造ビジネスへと事業領域を広げてきた道程を振り返る。

[マネジメント・フォーラム]
インタビュアー:米倉誠一郎
成長する仕組みとコミュニケーションの貯金があればテレワークは武器になる
熊谷正寿
(GMOインターネット株式会社 代表取締役会長兼社長・グループ代表)

[ポーター賞]
第20回 ポーター賞受賞企業・事業に学ぶ
大薗恵美
(一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻教授)


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