【一橋ビジネスレビュー】 2019年度 Vol.67-No.3

2019年冬号<VOL.67 NO.3>特集:安全・安心のイノベーション

 

 

12・3・6・9月(年4回)刊編集

一橋大学イノベーション研究センター
発行 東洋経済新報社

特集:あらゆるビジネスにおいて安全性を確保することが必要不可欠なのはいうまでもない。しかし、これまで安全は、それ自体が付加価値を生み出すものとして、必ずしも前向きには捉えられていなかった。ところが、IoT、AIなどITの進展や、消費者意識の変化などにより、安全・安心をキーワードにした新たなビジネスが次々と生まれ、今後のイノベーションの原動力となりつつある。本特集では、安全・安心をめぐるビジネス環境がどのように変化しているのかを俯瞰しつつ、自動車、情報、セキュリティー、防災、農業、食品、家庭用品など幅広い分野において、どのようなイノベーションが実現しているかを、具体的な事例により論じる。


特集論文Ⅰ 新しい時代の安全・安心を創る――Safety 2.0と協調安全
向殿政男
(明治大学名誉教授/一般社団法人セーフティグローバル推進機構 会長)
ICT(情報通信技術)の発展とSDGs(持続可能な開発目標)の提案という、時代の2つのメガトレンドから、世界は安全が重要視される時代に向かいつつあることを導く。安全機能の発揮にICTを積極的に活用するという発想から安全の新しい技術「Safety 2.0」が、そして、SDGsや安全学による統一的、総合的に安全を実現するという発想から「協調安全」という新しい安全思想が生まれる。新しい協調安全という安全思想が、新しい技術Safety 2.0で実現可能になりつつある。未来社会へ向かっての安全と安心の創造、変革が起こりつつあることを紹介する。これまでの安全技術の歴史の流れのなかで、Safety 2.0と協調安全の特徴について紹介し、それらはわが国にとって相性の良い安全の技術と思想であり、わが国が世界の安全の標準をリードしていく良い機会であることを述べる。

特集論文Ⅱ 自動車の安全技術の現状と自動運転の進化
永井正夫
 (一般財団法人日本自動車研究所 代表理事/研究所長)
自動車産業は現在、100年に1度の大変革期を迎えているといわれており、大手の情報産業と自動車産業とのさまざまな連携や、競争が始まっている。一方で交通事故の問題はまだまだ深刻で、高齢者による自動車の運転事故が相次ぎ、過疎化が進む地方では移動が困難な高齢者が増加するなど、少子高齢化のひずみが社会問題化している。自動運転への期待は、それらの社会的課題を解決するだけでなく、日本の一大輸出産業である自動車産業の産業競争力をいっそう強化することと、イノベーションの具体例の1つとして大きく期待されるようになったことが背景にある。また、全世界の交通事故の死者数が年間130万人にものぼるといわれており、SDGsのなかでもモビリティーの改革が叫ばれている。本論文では、自動車の安全技術がこれまでどのように進化してきたかということと、今後、安全技術や自動運転がどのように進んでいくのかを展望することとしたい。

特集論文Ⅲ 家庭用製品の安全・安心――ビッグデータ活用・IoTなどによる新たなイノベーション
和泉 章/前野剣吾/疋田侑也
 ( 一橋大学イノベーション研究センター教授/
 独立行政法人製品評価技術基盤機構 製品安全センター 製品安全技術課/
 独立行政法人製品評価技術基盤機構 製品安全センター 製品安全技術課
)

消費者が、電気製品をはじめ、さまざまな家庭用製品を事故なく安心して使えることは社会的にきわめて重要である。家庭用製品の事故原因としては、事業者による製品の設計・製造に問題がある場合と、消費者が製品を不適切に使用した場合があるが、これらには両者間の情報の非対称性の存在も大きく影響している。このため、家庭用製品の安全確保には、法律による規制が大きな役割を果たしており、また、事業者団体も自主的な安全性の向上に取り組んでいる。その結果、事故件数は減少傾向にあるものの、依然として解決された状況とはいえない。ところが、近年のITの発展により、消費者に対してプッシュ型の安全情報の提供や、ビッグデータを活用した事故予測、IoT導入による遠隔監視など、新しい家庭用製品の安全・安心のための取り組みが行われている。消費者を製品事故から守る新たなイノベーションが起きつつある。

特集論文Ⅳ 米国における有機農産物の生産と流通の発展
――カウンターカルチャーの人々が起こした破壊的イノベーション

畢 滔滔
(立正大学経営学部教授
米国において、有機農産物の生産と流通は、社会運動の一環として、1960年代後半から発展し始めた。その 2過程において、米国農務省(USDA)をはじめとする政府機関からの支援は一切受けられなかった。有機農産物の生産・流通企業は、新しい価値基準を米国の食品産業にもたらした。その新しい価値基準とは、農産物の多様さ、自然さ、新鮮さという商品の機能的価値に加えて、公正・公平な社会の実現や地球環境保護などの理念を内包するものであった。有機農産物の生産と流通の発展過程において中心的役割を果たしたのは、農業や流通の経験を持たない素人たち、かつ、いわゆるメインストリームライフから逸脱したカウンターカルチャーの人々である。彼らが食品産業に提示した新たな価値を評価し、その理念を共有し、有機農産物の忠実な顧客となったのもまた、マスマーケットとは一線を画す特定の消費者セグメントであった。

特集論文Ⅴ 情報技術を活用したセキュリティ
小松崎常夫
セコム株式会社 顧問
「セキュリティ」は日常的な言葉になったが、意味は曖昧だ。本稿ではセキュリティを、生活全般の土台である複雑な「サービスの連鎖」をつつがなく維持するためのものとしている。現代社会は「サービス社会」だ。ITも含めてすべての技術は人間が安心して豊かに暮らしてゆくためのサービスの「道具」であり、あらゆる社会活動もまた、そのための「手段」だ。ITは、人が主役のフィジカルなサービスを土台として機能しており、フィジカルなサービスの連鎖に活用されてこそ真価を発揮する。特にセキュリティにおいては、その価値はきわめて大きい。目まぐるしく変化する環境や次々に現れる「革新的技術」に対して、私たちが大切にすべき原理原則を明確にして、社会を支えるフィジカルな既存のリソースや技術成果との融合により新しいサービスの連鎖を創造することがこれからの大きな課題だ。そして、その基盤がITを活用したセキュリティである。

特集論文Ⅵ 金融力で災害レジリエンスの高い社会をデザインする
――BCM格付融資事例から

蛭間芳樹
(株式会社日本政策投資銀行 サステナビリティ企画部BCM格付主幹 兼 経営企画部調査役
一昔前、地震・雷・火事・親父が日本社会の脅威とされていた。一方で、近年は自然災害、感染症、テロ、地政学、サイバーセキュリティー、気候変動など、社会の安定性や持続可能性(サステナビリティー)への脅威は、甚大かつ複雑化しており、近時の災害事例を挙げるまでもなく、私たちの暮らしや仕事に負の影響を与えている。このような分野に対し、企業は防災、EHS(環境・労働安全衛生)、BCP(事業継続計画)・BCM(事業継続マネジメント)、情報セキュリティー、危機管理経営などの観点から対応を検討しているが、これらに携わる実務担当者や所管役員に普段光が当たることはほぼなく、ましてや、企業価値や株価に反映されることは、まずない。非財務情報に着目したESG投資などの前提となるESG評価・格付も、欧米設計のために日本固有のリスクは含まれていないのが現状だ。本稿では、まず日本の災害、危機環境を俯瞰し、次に防災、BCP・BCM、危機管理経営を後押しする日本政策投資銀行(DBJ)のBCM格付融資などを紹介する。

特集論文Ⅶ データ駆動型社会の到来と信頼性
築山万里沙/湯川喬介/渡瀬博文
(富士通株式会社 金融ビジネス本部 マネージャー/
 株式会社富士通総研 コンサルティング本部 プリンシパルコンサルタント/
 富士通株式会社 Data×AI事業本部長

データ駆動型社会といわれる新しい技術革新やデータの爆発的増加によるイノベーションを通じたビジネス・社会変革の取り組みは、すでに始まっている。世界の各プレーヤーがそれぞれのアプローチで推進しており、日本も後れを取ることなく、自らの強みを活かして、国内外のプレーヤーとともに、戦略とスピードをもって進めていくことが重要である。その激動のデータ駆動型社会のなかで、よりいっそう日本企業の力を連動させ、集結させるためには、安心・安全で信頼できる環境整備が必要と考える。本論文では「安全・安心のイノベーション」を導くための、データ生成・収集・流通(データエコシステム)とデータ分析(AI)の信頼性に焦点をあわせて述べる。

特集論文Ⅷ 安全・安心とリスクコミュニケーション――食品分野を中心に
山﨑 毅
(NPO法人食の安全と安心を科学する会(SFSS) 理事長
近年、リスク管理責任者にとって安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)は重要な課題となってきたが、「安全」情報と「安心」情報を明確に切り分けて市民に伝えることができているだろうか。たとえリスク管理責任者がリスク評価を綿密に行った上で、科学的に情報を発信しても、消費者市民はリスクの大小を冷静にイメージし、「安心」につながるとは限らない。本論文では、食品分野を例に、リスコミが一筋縄ではいかない原因として、社会心理学で知られる5つのリスク認知バイアスを紹介し、特に食品添加物への「確証バイアス」をターゲットとした「スマート・リスクコミュニケーション」など、実践的リスコミのあり方について解説する。

 
[連載]全員経営のブランドマネジメント
[第4回]人がブランドをつくり育てる
鈴木智子
(一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻准教授)
 
[連載]日本発の国際標準化 戦いの現場から
[第8回]ファインバブル――イノベーションを起こす標準化
江藤 学
(一橋大学イノベーション研究センター教授)
 
[連載]産業変革の起業家たち
[第1回]人工のタンパク質素材の用途開発と量産化でサステイナブルな社会をめざす
菅原潤一
(Spiber株式会社 取締役兼執行役)
インタビュアー:青島矢一/藤原雅俊
 
 
[ビジネス・ケース]
アスクル――LOHACOの挑戦
内田大輔/孫 康勇
(九州大学大学院経済学研究院講師/
 一橋大学大学院経営管理研究科准教授)
企業が成長し続けるためには、新たな事業を生み出すことが不可欠である。環境の変化が激しく、既存事業の将来がますます見通しにくくなっている現代においては、なおさらである。しかしながら、世の中に遍在する機会のなかから、注力すべき事業を見いだし自走させるのは、一筋縄ではいかない。柔軟な方針転換が必要なこともあれば、時には成果が出ずとも継続的なコミットメントが求められることもある。本ケースでは、カタログ通販という新しいチャネルを創造し、法人向け通販事業で盤石な地位を築いたアスクルが、2度の挫折を経て、個人向け通販事業への3度目の挑戦の過程を追うことで、企業の進化を考える。

タカキベーカリー――「石窯パン」の開発と市場開拓
西原友里子/兒玉公一郎
(一橋大学大学院商学研究科経営学修士コース修了/
 明星大学経営学部准教授

製パン企業であるタカキベーカリーは、広島を拠点とするアンデルセングループの傘下で、特にホールセールのパンを主力とする。アンデルセングループは事業展開において、①妥協のない本物志向、②商品を売る前に生活を売るという姿勢、③長期的視野での人材の育成、といった顕著な特徴を有している。タカキベーカリーが2005年に発売した「石窯パン」は、従来のホールセールのパンとしては画期的な商品であった。従来のホールセールの生産ラインでは高い効率性が実現されてきたが、石窯パンでは効率よりも「おいしさ」を優先して生産ラインを全面的に見直した。また、高付加価値商品である石窯パンが流通チャネルを確保する上で、商品の価値を買い手にしっかりと伝える営業の力が重要な役割を果たした。タカキベーカリーをはじめ、アンデルセングループにとって、創業の地である広島は、全国へのパン文化の発信の拠点として特別な意味を有している。

 

[マネジメント・フォーラム]
インタビュアー:米倉誠一郎
全従業員で取り組む新時代のピープルビジネス
サラ・L・カサノバ
(日本マクドナルドホールディングス株式会社 代表取締役社長兼CEO

 

[投稿論文]
ノービス起業家と連続起業家のリーダーシップスタイル比較
――「経営ユニット」の潜在プロファイル分析を通して

松永正樹
(九州大学ビジネス・スクール准教授
本研究は、初めての事業に取り組む「ノービス起業家」と複数のスタートアップ立ち上げ経験を持つ「連続起業家」を比較した。国内91社869人のスタートアップ従業員のデータをもとに、創業者とコアメンバーから成る「経営ユニット」を5つのプロファイルに分類し、従業員のエンゲージメント、心理的安全、イノベーション創出行動との関連を検証した。ノービス起業家がビジョン発信に自己の役割を求めがちなのに対し、連続起業家によって組成された経営ユニットはビジョン発信に加え、メンバーの動機づけやリソースの配分決定など、複数の役割を高いレベルで実践すること、それが従業員にもポジティブな影響をもたらすことが示唆された。

 

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