【一橋ビジネスレビュー】 2013年度 Vol.61-No.3

2013年度<VOL.61 NO.3> 特集:産学連携を問う

12・3・6・9月(年4回)刊編集
一橋大学イノベーション研究センター
発行 東洋経済新報社



特集:イノベーションを生み出すための手段として産学連携への期待は大きい。研究資源が集中する日本の大学の「シーズ」と企業の「ニーズ」が結合することで、新しいビジネスにつながる可能性がある。逆に大学がリードユーザーとなって、企業の技術を向上させ、ビジネスに結びつけるケースもある。この10年間、TLOの導入、日本版バイ・ドール法の導入、国立大学法人化、各種研究助成、地域クラスターなどのさまざまな制度改革が行われてきた。本特集では、産学連携の成功事例である日本発の抗体医薬品「アクテムラ」の開発や小柴昌俊東京大学特別栄誉教授のノーベル賞受賞にも貢献した浜松ホトニクスの技術開発力習得の事例やアンケート調査を通じ、産学連携がイノベーションの創出に与えた影響について検証を行うとともに、今後の産学連携のあり方について展望する。

特集論文Ⅰ パスツール型科学者によるイノベーションへの挑戦―光触媒の事例

馬場靖憲 / 七丈直弘 / 鎗目 雅

(東京大学先端科学技術研究センター教授 / 文部科学省科学技術・学術政策研究所科学技術動向研究センター上席研究官 / 東京大学公共政策大学院科学技術イノベーション・ガバナンス(STIG)特任准教授)
先端素材分野のイノベーションには、大学と企業による知の共創が不可欠である。そして、科学の進歩とともに社会貢献を重視するパスツール型科学者が科学的知見をもとに多様な企業と連携して市場形成に必要なノウハウを蓄積し、広く企業にコンサルティングを行い、研究開発コミュニティーを構築して挑戦することが望ましいと考えられる。本稿は、日本の産学連携がどのように企業のイノベーションへの挑戦を可能にしたか、光触媒産業の立ち上げに大きく貢献した東京大学の藤嶋昭(現・東京理科大学学長)・橋本和仁の事例を分析した。

特集論文Ⅱ アクテムラとレミケード―抗体医薬品開発における先行優位性を決めた要因
原 泰史 / 大杉義征 
(一橋大学イノベーション研究センター特任助手 / 一橋大学イノベーション研究センター特任教授)
アクテムラとレミケードは抗体医薬品のパイオニア的な存在であり、産学連携から生まれた医薬品として知られる。両医薬品は、基礎研究はほぼ同じ段階で開始され、また、両医薬品の基礎論文の発表もほぼ同時期に行われているにもかかわらず、承認され販売されるまでに9年の差がある。結果として、売上高に著しい差を生んでいる。本稿では、この差が生じた要因の分析を通じて、日本の医薬品開発における課題について考察する。

特集論文Ⅲ 浜松ホトニクスにおける研究開発力の源泉
七丈直弘 / 村田純一 / 赤池伸一 / 小笠原 敦
(文部科学省科学技術・学術政策研究所科学技術動向研究センター上席研究官 / 文部科学省科学技術・学術政策研究所科学技術動向研究センター特別研究員 / 一橋大学イノベーション研究センター教授 / 文部科学省科学技術・学術政策研究所科学技術動向研究センター長)
光関連機器メーカーの浜松ホトニクスは、主力製品である光電子増倍管の分野では世界シェア90%を有する圧倒的なトップメーカーであることが知られている。ノーベル賞受賞に大きく貢献したカミオカンデの心臓部である光電子増倍管をつくった同社の高水準な技術はいかにして形成されたのであろうか。本稿では、浜松ホトニクスの創業から現在に至るまでの歴史をひもとき、大学との関係構築によって同社がいかにしてそのような優れた技術開発を実現できる能力を習得していったのか、その要因について論じる。

特集論文Ⅳ 産学連携とアクターとしてのアカデミアの意識―アメリカの経験から学ぶ
上山隆大
(慶應義塾大学総合政策学部教授)
停滞する日本経済の切り札として産学連携が喧伝されるようになって久しい。製品市場のマーケットシェア競争で日本に破れたアメリカが、その巻き返しの政策として導入した産学連携の政策を、日本政府は法律の文言のままに踏襲しようとした。しかし、その政策的思惑は想定したほどの成果を挙げているとは言いがたい。それは日本の文化的な特質なのか、あるいは政策の間違いなのか。おそらくはそのどちらでもないだろう。本稿は、アメリカの産学連携の成功の経験を、アカデミアの側の新しい公共的理念を受け入れようとした心理的葛藤から捉え直す。その努力の歴史を読み解くことで、日本においてもアカデミアの側での適応が不可欠であることを示唆したい。

特集論文Ⅴ 産学公連携コンソーシアムによるオープン・イノベーション―幹細胞技術の事例をもとにわが国の最適解を模索する
仙石慎太郎
(京都大学物質─細胞統合システム拠点准教授)
産学公連携は、イノベーション・マネジメントの重要な構成要素であり実現プロセスである。本稿ではその1つの試案として、昨今注目を集める幹細胞技術分野の事例をもとに、いわゆる「産学公連携コンソーシアム」に基づく研究開発プロジェクトに注目する。複数の企業・研究機関および政府系機関が参画しイノベーションを進めるにあたり、その意義と効用、要件と大学の果たすべき役割を考えてみたい。同アプローチは、日本の産業界が長年にわたり培ってきた「ものづくり」のコア・コンピタンスを流動化させ、多様なアプリケーションと市場へのアクセスを保証する有力な手段として、すなわちわが国ならではのオープン・イノベーションの方策として期待される。

特集論文Ⅵ 産学共同発明から見た産学連携―資源投入、成果およびその波及効果
赤池伸一 / 細野光章
(一橋大学イノベーション研究センター教授 / 文部科学省科学技術・学術政策研究所上席研究官)
産学連携に関するさまざまな施策が過去10年以上にわたって推進されてきたが、今後の展開のためには、産学連携による知識の創造・融合・移転のプロセスの解明が政策的にも学術的にも求められている。一橋大学イノベーション研究センターおよび科学技術・学術政策研究所は、産学共同発明特許を生み出した産学連携プロジェクトにかかわった3000人以上の国立大学研究者およびほぼ同規模の企業研究者に対して大規模な質問票調査を実施した(回収率約25%)。本稿では特に、産学連携における資源投入、成果および波及効果に着目した基礎的知見を紹介する。同調査により、共同発明を通した日本の産学連携は企業によるイノベーションにとって重要な貢献をしていることが示唆された。

[特別寄稿] デジタル経済のための創造的次世代市民ベンチャー構築へ向けて―アーバン・アップス・アンド・マップス・スタジオ・プログラムの事例から
ヨー・ヨンジン
(テンプル大学フォックスビジネススクール教授)
アメリカ大都市におけるヒスパニックや黒人といったマイノリティーの居住地が、新しいテクノロジーを使ったクリエーティブな事業創造の担い手になろうとしている。本稿は、フィラデルフィアという一時期大きく治安の悪化した大都市で、テンプル大学を中心に、地域の多様なコミュニティーを巻き込んだベンチャー創出のプラットフォームがどのように形成され、新たなベンチャー(スタートアップス)が生まれ出ているのかについて、プロジェクトの中心メンバーであるヨー・ヨンジン教授が自らの体験をベースに書き下ろした実践的コミュニティー論である。
現在、インドやアフリカといった新興市場の超低所得者層BOP(ベース・オブ・ピラミッド)が21世紀イノベーションの源として見直されているが、ヨー教授は同様に都市部マイノリティーの深刻な問題もイノベーションの源泉だと説く。確かに、スマートフォン向けのアプリ開発プラットフォームに多様なデータを組み合わせ、市民が本当に必要とする製品やサービスの提供は21世紀型の都市ビジネスとなる可能性が高い。都市部マイノリティーという負の遺産さえ新たなビジネスチャンスに変えてしまおうというアメリカ社会、特に大学のダイナミズムに触れることができる刺激的な論文である。(米倉誠一郎)
[特別寄稿] 知識機動力経営―知識創造と機動戦の総合
野中郁次郎 / 廣瀬文乃 / 石井喜英
(一橋大学名誉教授 / 一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任講師 / アメリカ海軍予備役少佐(海兵・航空医療士官))
混迷する現代社会の企業には、自らを取り巻く状況の変化を洞察して素早く先手を打つ機動力と、そうした機動力のある人材を育成し、活用する組織力が求められる。それを究極の形で行っているのが、アメリカ海兵隊である。戦闘行動においてサイエンスとアートをスピーディーに総合する機動戦は、彼らの強さの源泉であり、持続的な実践知の錬磨による経営の強化を提示する知識創造理論につながる。本稿では、機動力のある企業経営とは何か、どう実現するかを論じ、日本企業の活性化と未来の生き方を探る。

[経営を読み解くキーワード]
ソーシャル・マーケティング
水越康介 (首都大学東京大学院社会科学研究科経営学専攻准教授)

[ビジネス・ケース]
資生堂―グローバル展開 中国における「おもてなし」サービスの活用
鈴木智子 / 原田 緑 
 (京都大学大学院経営管理研究部特定講師 / 京都大学大学院経営管理教育部経営管理専攻専門職学位課程)
資生堂は、中国において世界有数の化粧品メーカーと首位争いを繰り広げているが、自らの武器として「おもてなし」サービスを活用している。国営企業の比率が高かった中国では、消費者をお客さまとして扱うサービスの概念があまり発達していなかった。そのようななか、どのようにして「おもてなし」精神を現地のスタッフや顧客に伝え、それを海外戦略の武器としているのであろうか。本ケースでは、資生堂のグローバル事業の成長の象徴である中国事業の事例を通して、同社のグローバル展開と、それに伴う「おもてなし」サービス活用のあり方を分析する。

[ビジネス・ケース]
新日本製鐵―コークス炉化学原料化法による廃プラスチック処理技術の開発と事業化
青島矢一 / 鈴木 修
(一橋大学イノベーション研究センター教授 / 関西学院大学経営戦略研究科准教授)
環境対策で進められる事業は単なる営利事業とは異なる。しかしながら、営利企業の活動である限り、赤字を垂れ流し続けるわけにはいかない。日本鉄鋼連盟が1997年6月に設定した環境自主行動計画に基づくエネルギー削減目標は、業界最大手の新日本製鐵(現・新日鐵住金)1)にとって喫緊の課題となった。同社は行動目標の1つである「廃プラスチックの活用」に対応すべく、「コークス炉化学原料化法による廃プラスチック技術(コークス炉法)」の実用化に取り組んだ。本ケースでは、同社の取り組みを通じ、環境対策と営利企業としての経済性を両立させられる可能性について検討する。

[コラム]日本経営学のイノベーション 第4回(最終回)
知識創造理論の誕生
小川進 (神戸大学大学院経営学研究科教授)

[私のこの一冊]
■日本人の精神的バックボーン―『論語』
 髙橋文郎 (青山学院大学大学院国際マネジメント研究科研究科長・教授)

■豊かな知恵を育むのに必要とされる健全な疑念と批判的姿勢―藤原新也『東京漂流』
 小笠原 泰 (明治大学国際日本学部教授)

[マネジメント・フォーラム]
インタビュアー/長岡貞男・赤池伸一
成功する産学連携へ─“学”本来の存在意義を再認識すべき
岸本忠三 (大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任教授 )

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