【一橋ビジネスレビュー】 2023年度 Vol.71-No.1

2023年夏号<VOL.71 NO.1>特集:日本企業の人的資本経営
持続的な企業価値向上のためにすべきこと

 

 

12・3・6・9月(年4回)刊編集

一橋大学イノベーション研究センター
発行 東洋経済新報社

特集:人的資本経営をめぐる取り組みが進んでいる。その契機となったのは、2020年9月に経済産業省から公表された「人材版伊藤レポート」(「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書」)といってよいだろう。2022年5月には同じく経済産業省から「人材版伊藤レポート2.0」(「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書」)、8月に内閣官房から「人的資本可視化指針」が公表され、人的資本経営をめぐる議論が加速している。
 人的資本経営に対する注目度は高く、編者(伊藤)が発起人代表である人的資本経営コンソーシアムには、2023年5月時点で合計436法人が入会している。このことは、経営者や人事部門が人的資本経営に対して強い課題意識を持っていること、そしてその克服が喫緊のテーマだと捉えていることを物語っている。さらに、2023年3月期からは人的資本の開示が求められ、企業と投資家との間で人的資本に関する対話がこれまで以上に展開されるだろう。
 今号では、さまざまな論点を深掘りすることを通じて、日本企業の人的資本経営が深化することを期待して、本特集を組んだ。具体的には、人的資本経営の視座と展望、人的資本投資の必要性、人材版伊藤レポートの示唆、ジェンダーギャップ、採用課題などの観点から、従来の人的資源管理の課題、そして、人的資本経営の現状や今後の展望などについて論じている。

特集論文Ⅰ 人的資本経営のパラダイム転換
伊藤邦雄
(一橋大学名誉教授・一橋大学CFO教育研究センター長)
1980年代、世界から「日本型経営」と称賛され、その成功要因として日本企業の人事システムが注目された。しかしその後、「メンバーシップ型」とも呼ばれる日本の雇用慣行は世界から孤立していった。なぜなのか。本稿では、その要因を探るとともに、従来の雇用システムをいかに変革すべきか、そして今後実践すべき人的資本経営の本質、要諦、そして展望を、ガバナンス改革の視点をも交えながら論じたい。

特集論文Ⅱ なぜ人的資本の投資が必要なのか?
小野浩
(一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻教授)
わが国でも人的資本が注目されるようになった。しかし、人的資本経営、情報開示、人材投資などに関心が高まるなかで、人的資本という言葉が先走りしているのは警戒すべきだ。人的資本経営の正しい導入には、人的資本の正しい理解が欠かせない。本論文では、内部労働市場と人的資本形成、人的資本のストックとフロー、人的資本の陳腐化など、基本的な理論体系について説く。その上で、なぜ人的資本の投資が必要なのか、について議論を深める。日本の労働市場の流動性が低いのは、長期雇用を通して企業内でしか通用しない人的資本が多量に蓄積され、市場価値が低下するからだ。人的資本の投資が進み、一般的人的資本が正当に評価されるようになれば、労働市場の流動性は高まる。

特集論文Ⅲ 「人的資本経営」と人的資源管理
                       「人材版伊藤レポート」からの示唆

島貫智行
(中央大学大学院戦略経営研究科教授
「人材版伊藤レポート」の公表以降、「人的資本経営」をめぐって議論が錯綜している。本論文では、ビジネスパーソンに向けて「人的資本経営」と人的資源管理の関係についての誤解を解くとともに、「人的資本経営」が示唆する人的資源管理の考え方の転換について論じる。人的資本の重要性は、従来の人的資源管理でも主張されてきたが、「人的資本経営」が重視するのは、人的資本を蓄積し発揮する従業員自身の意思や主体性である。個人の人的資本から組織的人的資本を創出して持続的な企業価値の向上に結びつけるという、価値連鎖を描いて実行することが求められている。人的資源管理を、従業員の管理手法から従業員の自律性と多様な人的資本を通じて企業価値を創造する経営活動に再構築できるかが問われている。

特集論文Ⅳ 職場におけるジェンダーギャップと
                         マネジメントプラクティス
児玉直美
(明治学院大学経済学部教授
本論文では、マネジメントプラクティス(経営慣行)が職場のジェンダーギャップに及ぼす意図的な影響、意図しない影響に注目する。企業は、ハイパフォーマンス・ワークシステム(HPWS)、ワークライフバランス慣行(WLBP)、成果主義賃金・昇進と出世競争などの競争的経営慣行、企業の社会的責任慣行(CSRP)など、さまざまな新しいマネジメントプラクティスを導入することによって経営システムを変化させてきた。文献レビューから、一見、性別とは関係のないように見えるマネジメントプラクティスが、ジェンダーギャップと関係があること、同一のマネジメントプラクティスが、ジェンダーギャップの価格効果、数量効果に異なる影響を及ぼしうることが明らかになった。

特集論文Ⅴ 米国企業との比較に見る日本企業の採用課題
服部泰宏
(神戸大学大学院経営学研究科教授
人的資本に代表される個人の「優秀さ」を見いだし、取り込むのが採用活動である。日本企業においては、2015年前後から、こうした意味での採用活動の新たな形を探る動きが見られるが、それらは必ずしも、グローバルな人材獲得競争を見越したものとはいえない。日本国内にいる留学生を対象とした採用、さらには海外での採用について、多くの日本企業が根本的な対策をとることなく、グローバルな人材獲得競争において海外企業の後塵を拝し続けている。本論文では、文献研究と米国での現地調査によって、グローバルな人材獲得競争で先行している米国企業の人材採用の動向を探り、日本企業への示唆を導出する。

[連載]産業変革の起業家たち
[第15回]勤怠管理を起点にしたクラウドサービスを通じて日本の労働生産性向上に寄与する
恵志章夫
(株式会社ヒューマンテクノロジーズ 代表取締役会長)
インタビュアー:青島矢一/藤原雅俊

[連載]エフェクチュエーションによる新市場創造
[第5回(最終回)]非予測的コントロールの論理
吉田満梨
(神戸大学大学院経営学研究科准教授)

[連載]イノベーションマネジメントの定石
[第10回(最終回)]イノベーションから収益を得る組織的基盤
吉岡(小林)徹
(一橋大学イノベーション研究センター専任講師)

[私のこの一冊]
■教育と経営に共通する「理解」の課題に迫る
――鈴木宏昭『私たちはどう学んでいるのか』
佐藤大輔
(北海学園大学経営学部教授

[ビジネス・ケース]
リクルート――「ホットペッパービューティー」による美容業界の変革
髙橋和宏/犬飼知徳/千葉智之/田中公子/生稲史彦
(一橋大学大学院商学研究科博士後期課程/中央大学大学院戦略経営研究科教授/株式会社リクルート ホットペッパービューティーアカデミー アカデミー長/株式会社リクルート ホットペッパービューティーアカデミー 研究員/中央大学大学院戦略経営研究科教授
美容サロンの予約方法は、インターネットが普及した2000年代においても、電話が主流であった。これは、予約情報を紙台帳に記入することで、十分に業務が回っていたからである。かし、2010年代に入ってからはネット予約が急速に普及し始めた。その中心的役割を果たしたのが、リクルートの「ホットペッパービューティー」である。ホットペッパービューティーは、予約管理にとどまらない業務全般の効率化支援ツール『SALON BOARD』を通じて、美容サロンとの密接な関係を構築することに成功した。本ケースでは、美容サロンのなかでもヘアサロンに焦点をあわせて、自社を超えた業界単位の変革を成し遂げたホットペッパービューティーの取り組みの軌跡を紹介する。

Akatsuki Ventures――経営理念の実現をめざしたCVC投資
吉田聖崇/青島矢一
(一橋大学大学院経営管理研究科博士課程/一橋大学イノベーション研究センター長・教授
近年、日本企業によるスタートアップ投資が活発化している。その手段の1つとして、事業会社が自己資金でファンドを組成してスタートアップ企業に出資するコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)が注目されている。国内CVCのなかでこれまでトップクラスの投資実績を上げてきたのが、株式会社アカツキのCVC子会社Akatsuki Venturesである。同社による投資がユニークなのは、「財務リターン」を追求するだけでなく、自社の社会的ミッション「世界をエンターテインする。クリエイターと共振する」を広げるという「理念リターン」を得る手段としてCVC投資を行っている点である。本ケースでは、CVCの立ち上げ、ファンドの投資方針、投資先企業の支援体制までを関係者への丹念な取材などを通して描き出す。

[マネジメント・フォーラム]
インタビュアー:伊藤邦雄
新しい文化を醸成し、共感ベースの 知識創造型企業に生まれ変わる
青井浩
(株式会社丸井グループ 代表取締役社長CEO)

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