【一橋ビジネスレビュー】 2018年度 Vol.66-No.2

2018年秋号<VOL.66 NO.2> 特集:EVの将来






12・3・6・9月(年4回)刊編集
一橋大学イノベーション研究センター
発行 東洋経済新報社




特集:自動車のEV(電気自動車)化が急速に進みつつあり、自動運転やシェアリング、ネットワーク化などとあわせて、自動車産業が100年に一度の大変革を迎えているとの報道が増えている。ただし、EVに関して、普及スピード、環境への影響度合い、構成部品や設計哲学(アーキテクチャー)などの技術的変化、顧客価値やビジネスモデルへの影響などに関しての認識や主張は、個人や企業によって差異がある。また残念ながら、政治的・感情的な発言や、事実を誤認または歪曲した意見も少なくない。真に環境にとってベストといえるEV、PHV(プラグイン・ハイブリッド車)、HV(ハイブリッド車)、ガソリン、ディーゼルなどからなるポートフォリオのあり方、アーキテクチャーの変化、顧客価値や所有とシェアリングの選択への影響など、冷静かつ客観的な事実に基づいた議論が必要とされている。本特集では、これらを正しく理解するために手引きとなる論考を展開する。将来予測ではなく、考えるためのフレームワークやロジックを議論することが目的である。


特集論文Ⅰ 自動車の環境・エネルギー技術に関する将来展望
      ――電動化の動向を見据えて
大聖泰弘
(早稲田大学研究院次世代自動車研究機構特任研究教授)
人の移動や物流の主要な役割を担う自動車には、2016年に発効したパリ協定に対応すべく、2030年から2050年にわたって地球温室効果ガスを3割から8割低減することが必要とされている。そのような状況にあって、ディーゼル乗用車の排出ガス対策にかかわる不正の発覚、米中における電気自動車の販売義務化、英仏両政府からのエンジン車の販売禁止の表明などが相次いだ。これらが、エンジン車からハイブリッド車や電気自動車、燃料電池自動車への転換を迫るグローバルな動向につながっている。それらの開発にあたっては、エンジンやバッテリーの高性能化とともに、充電のための電源の発電や水素の製造における低炭素化を推進する必要がある。本論文では、そのような電動化の背景と課題を探り、将来の発展の可能性について展望する。

特集論文Ⅱ 自動車の電動化を取り巻く業界動向と問われる競争力
佐藤 登
 (名古屋大学未来社会創造機構客員教授)
2018年から強化されたアメリカのZEV規制、中国で2019年に発効するNEV規制、そして欧州で2021年に発効するCO2排出規制が絡み合い、自動車業界と電池業界にはビジネスモデルとその戦略の重要性が大きくのしかかっている。自動車業界では日本勢が先頭集団を走っているものの、今後はドイツ勢を主とする欧州勢の躍進が予想される。中国政府は自動車強国をめざし大胆なEVシフトを展開しつつあるが、2020年の補助金政策廃止が実行されれば影響は甚大である。電池業界では日系の電池各社の勢いが低下している一方、韓国のトップ3に見られる大規模投資とコスト低減が効果を発揮し、存在感を高めている。さらに、日韓勢に割って入ってきた中国CATLのビジネスモデルは侮れない。今後の各社の生き残りをかけた事業競争が始まっている。

特集論文Ⅲ 欧州発「CASE」の大波の行方――日本勢で主導したい新たな移動社会
長島 聡
 (株式会社ローランド・ベルガー 代表取締役社長)
自動車産業はかつてないほどの大波にさらされている。ITやデジタルを武器に攻勢をかけてくる新興勢力、いち早く業態転換を表明し攻めに転じた完成車メーカー、さらには各国政府や自治体などの思惑も相まって、競争環境は複雑になるばかりだ。これまで順調に進んでいた環境負荷低減という目標も、ディーゼルゲート以降、達成が危ぶまれている。さまざまな技術革新が待ったなしという焦りのなか、新たなモビリティー社会の姿もなかなか具体化していかない状況だ。本論文では、欧州を中心に、自動車の電動化と自動運転の動向を概観した上で、日本勢が「豊かなモビリティー社会の創出」という真の目的を、自動車の技術をてこに達成していくために取るべきアプローチを考察する。

特集論文Ⅳ 中国自動車産業の発展戦略と課題――さまようEV開発戦略の行方
柯 隆/河野英子
東京財団政策研究所 主席研究員/横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授
中国は現在、自動車の生産台数・販売台数ともに世界一の規模となっている。しかし、中国の自動車産業史は予想以上に浅く、政府は外国メーカーを誘致し、地場系メーカーへの技術移転を促す政策を講じてきた。しかし、事態は中国政府の思惑どおりにはいかない。そこで考えられたのは、電気自動車(EV)を中心とするエコカーの発展である。内燃機関車に比べて部品が少なくキャッチアップしやすいと考えられることと、大気汚染や交通渋滞への環境規制の強化は、エコカー発展の追い風になっている。本論文では、中国政府が進めてきた自動車産業の発展戦略を振り返った上で、これからのエコカー戦略が直面する現実と日本企業の取るべき道を明らかにする。

特集論文Ⅴ 自動車企業が考えるEV化のあるべき姿――マツダが考える理想のEV社会
藤原清志/本橋真之
マツダ株式会社 代表取締役副社長/マツダ株式会社 商品戦略本部 技術企画部長
100年に1度の変革期を迎えているといわれる自動車産業には、さまざまな社会的課題の解決に加え、近年多様化し、深化する顧客の要望への対応が求められている。その実現策の1つとして、電気自動車(EV)化が議論されている。自動車産業は経済において重要な産業であり、自動車メーカーがとるべき進路によっては、今後の日本経済に大きな影響を及ぼす。EV化については、社会的課題の解決を含めた包括的かつ冷静な視点を持ち、客観的な事実に基づいて議論を行うことが重要であり、中・長期的な戦略が求められる。このような観点から、本論文では自動車メーカー・マツダが考える理想のEV社会と、企業間連携の取り組みであるEV-CASの挑戦について述べる。

特集論文Ⅵ 次世代型低燃費自動車のアーキテクチャ分析――その多様化の可能性
藤本隆宏
東京大学大学院経済学研究科教授
本論文では、未来の製品群の設計思想(アーキテクチャ)を比較分析する方法論を提案し、次世代型低燃費自動車の分析にこれを応用してみる。すなわち、内燃機関自動車、電気自動車、ハイブリッド車を含む8タイプの次世代型低燃費自動車に関して、普及にとっての障壁となるクリティカル機能、それに対応するクリティカル部品、その間の対応関係を示すクリティカルリンクを推定し、各タイプに対して簡単なアーキテクチャ計算を試みる。その結果、これらの次世代自動車に関しては、「技術の多様性」が存在し、それが「アーキテクチャの多様性」、さらには、自動車産業に参入する企業に「企業の多様性」をもたらす可能性があることが示唆された。

特集論文Ⅶ 自動車の顧客価値――意味的価値の変化動向と国際比較
延岡健太郎/松岡 完
一橋大学イノベーション研究センター教授/マツダ株式会社 商品戦略本部
個人消費者にとっての自動車は、単なる移動手段としての機能的価値を超えた顧客価値が重要である。しかし、EV化、自動運転、カーシェアリングなど、自動車の将来に向けた大きな変革を分析する際に、この点が十分に考慮されていないのではないか。若者は車離れしているとの論調も多い。本論文は、スポーティーに「走る喜び」、家族旅行などで「使う楽しみ」、憧れの車などを「持つときめき」という3つの意味的価値に焦点をあわせ、顧客価値の現状と変化を分析する。前半では、それらの価値は日本、ドイツ、アメリカ、中国のユーザーの間で、年齢を問わず、より重要視されている点をデータで示した。車離れの傾向は見受けられない。後半では、この点がもたらす自動車の将来への影響を議論し、移動手段としての機能的価値を中心に考えると、将来を正しく分析することはできない点を強調する。

[技術経営のリーダーたち]
[第34回]元・燃料システム設計者が考えるエンジンのない車の未来
磯部博樹
 (日産自動車株式会社 第一製品開発本部 アライアンス グローバル ダイレクター)

[特別インタビュー]
フォルクスワーゲン元・技術開発担当役員 ウルリッヒ・ハッケンベルク氏に聞く
ウルリッヒ・ハッケンベルク
(フォルクスワーゲン元・技術開発担当役員)
世界のEV化の動向について、販売量では中国が牽引しているが、技術・商品や政策に関しては欧州がカギを握っている。そのなかでもフォルクスワーゲン(VW)グループの動向からは目を離せない。このたび、VWグループ(VWとアウディ)で、長年にわたって研究開発を牽引してきたウルリッヒ・ハッケンベルク氏に、EV化の現状と将来に関してお話をうかがった。同氏は、アーヘン工科大学で工学博士号を取得し、1985年にアウディに入社した。そこで「MLB」と呼ばれる縦置きプラットフォームを考案・開発した。その後、2007年よりVWグループ全体の研究開発を統括した。そこでは、アウディで開発したプラットフォームの概念を発展させ、「MQB」と呼ばれるモジュールを開発した。世界の自動車業界に衝撃をもたらしたVWグループのモジュール戦略の始まりである。ハッケンベルク氏は現在、世界で最も影響力のある自動車技術者の1人と評価されている。技術開発担当の役員としてアウディに戻っていたが、2015年に辞任した。インタビューは、本特集の編者である藤本隆宏(東京大学)と延岡健太郎(一橋大学)が、2018年1月24日に東京大学ものづくり経営研究センターにおいて行った。以下の記事は、インタビューの内容を一部抜粋し、ハッケンベルク氏の語録としてまとめたものである。

[私のこの一冊]
常識を覆し、本質を問う――エリヤフ・ゴールドラット『ザ・ゴール』
糸久正人
(法政大学社会学部准教授)


[マネジメント・フォーラム]
インタビュアー/米倉誠一郎/延岡健太郎藤本隆宏
利用シーンに適した電動車で多様なモビリティサービスを展開する
寺師茂樹
(トヨタ自動車株式会社 取締役副社長)

 

[ビジネス・ケース]
パナソニック――無錫松下冷機の挑戦と進化
軽部 大/内田大輔 
(一橋大学イノベーション研究センター教授/九州大学大学院経済学研究院講師)
国際事業展開に伴う経営の現地化は、積年の経営課題である。育たないから任せない、任せないから育たない、という負の連鎖の克服に、多くの日本企業は苦しんできた。この問題に真正面から取り組んだのが、無錫松下冷機である。冷蔵庫分野で初の日系メーカーによる中国進出事例となる同社は、中国家電メーカーである無錫小天鵝との合併企業として1995年7月に設立された。2017年現在、国内主力工場である滋賀県の草津工場と並んで、パナソニック冷蔵庫事業の海外主力生産拠点となるまでに成長した。本ケースでは、離職率の高い現地労働市場に直面しつつも、中国現地人材の積極的な登用と地道な育成を通じて工場改革を実現し、グローバルな事業展開の戦略拠点としての地位を確立した過程を振り返る。

協和発酵バイオ――「善い目的」に向かうイノベーションの推進
西原(廣瀬)文乃
(立教大学経営学部助教)
企業には持続的な競争優位を確保するためにイノベーションが求められている。日本では、企業は社会的価値を創造し、提供することによって経済的価値を得るという考え方が伝統的にあり、2つの価値の同時追求がイノベーションの原動力にもなっていた。本ケースでは、協和発酵バイオの、創業理念に基づく「善い目的」に向かう組織的知識創造の実践事例から、社会的価値と経済的価値を同時追求することによるイノベーションの推進を考える。

[特別寄稿]マイルス・デイヴィスは現れるか
      ――ハイエンドオーディオ市場におけるプラグマティックな価値評価
中野 勉
(青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授)
本論文は、遂行性を基本とする「プラグマティックな価値評価」からハイエンドオーディオ機器市場を研究した日本で初めての実証研究であり、インタビューとネットワーク分析を行った。計量的評価手法と異なり、モノの価値の源泉は、アクターがオブジェクトにかかわる行為自体にあると考え、その認知のプロセスから価値を捉える。オーディオマニアは、機器の組み合わせを繰り返すことで、実践的に自分の好みの音を作り出す。技術的な計量指標は重要ではなく、想像力をかき立て、「儀式」を楽しみながらアーティストを自宅に「招き入れる」瞬間、空間、場所を作り出せるかどうかが、オーディオ機器の評価を決めていた。市場のダイナミクスは、マイクロレベルでの個の経験や知識が、さまざまな音の「評価のディバイス」として、ステークホルダー間の競争と協調から集合的に共有されることで成立していた。

 

[連載]フィンテック革命とイノベーション
[第5回]フィンテックで変わる会計・監査と企業統治
野間幹晴/藤田 勉
(一橋大学大学院経営管理研究科准教授/一橋大学大学院経営管理研究科特任教授)


[連載]日本発の国際標準化 戦いの現場から
[第4回]光触媒技術――日本発の発明を世界に普及させる苦難
江藤 学/鷲田祐一
(一橋大学イノベーション研究センター教授/一橋大学大学院経営管理研究科教授)

 

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