【一橋ビジネスレビュー】 2017年度 Vol.65-No.3

2017年冬号<VOL.65 NO.3> 特集:コーポレートガバナンス―「形式」から「実質」へ変われるか

 

 

 

12・3・6・9月(年4回)刊編集
一橋大学イノベーション研究センター
発行 東洋経済新報社

 

特集:伊藤レポート、スチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードを契機に、日本企業のコーポレートガバナンス改革が進められている。とはいえ、ややもすると形式的な対応にとどまり、資本生産性を実質的に上げ、企業価値創造を持続的に高める取り組みに結びついていないケースも散見される。本特集では、コーポレートガバナンス改革で何が変わり、何が課題として残っているのかをさまざまな観点から検証し、今後の日本企業のグローバル競争力の向上に結びつけるためのカギを探る。

特集論文Ⅰ コーポレートガバナンス改革のPDCA――何を企図し、何が変わり、今後の課題は何なのか
伊藤 邦雄
(一橋大学大学院商学研究科特任教授・一橋大学CFO教育センター長)
コーポレートガバナンス改革が進んでいる。2つのコードと「伊藤レポート」によって、改革の「枠組み」はほぼ整った。ねらいはインベストメント・チェーンを構成する3種の主要プレーヤーが「変わる」という同時全体最適的改革にある。企業改革と同様、いかなる改革もPDCAを貫徹しなければ、その成果を得ることはできない。確かにROEに対する認知度も上がり、ROEの平均水準も8%を上回った。しかし、今後もさらに資本生産性の向上に努めるべきだ。企業と投資家との対話も頻度は高まったものの、その質は改善の余地が大きい。最近では、長期投資家によるESG投資も活発化しているが、課題も多い。一方、またぞろ大企業で不祥事が発生し、「守りのガバナンス」も心配だ。この問題に社外取締役は何をすべきか。本論文では、伊藤レポート後のストーリーも描きながら、今後のガバナンス改革の姿を示す。

特集論文Ⅱ ガバナンスの実質化をめぐる諸論点
武井 一浩
 (弁護士/西村あさひ法律事務所 パートナー)
2015年の日本版コーポレートガバナンス・コードの策定に端を発し、日本の上場企業のガバナンス改革が進展しつつある。現時点で関心が寄せられているのはガバナンスの実質化であり、特に、当初の目的であった日本企業の稼ぐ力、すなわち中長期的な収益性・生産性を高めるための改革が求められている。本論文は、これまでの動きと今後の主なイシューについて、概観的に紹介する。

特集論文Ⅲ 日本のコーポレートガバナンス改革の進捗と今後の課題
スコット・キャロン/吉田 憲一郎
(いちごアセットマネジメント代表取締役社長/
 いちごアセットマネジメント副社長)
日本のコーポレートガバナンス改革は着実に進行しているが、残る最大の課題は、株主民主主義を棄損するおそれのある「利害関係株主」、いわゆる「安定株主」構造の解消であろう。行使率を考慮すると、議決権ベースでの利害関係株主の比率は機関投資家を上回り50%程度と推定される。利害関係株主が多数を占める日本の株主総会では、一般株主の共同利益が必ずしも守られているとはいえない。本論文では、利害関係株主構造を解消するための具体的な施策を提案し、企業と投資家とのエンゲージメント(建設的な対話)による企業理念と経営方針の共有が、中長期視点の投資家による真の安定的な株主作りに寄与することを示す。

特集論文Ⅳ M&A戦略における規律――自律的なコーポレートガバナンスのための基本
朱 殷卿
(株式会社コアバリューマネジメント代表取締役社長)
コーポレートガバナンスの体制が一定程度整備された現在、日本企業の次なる課題は、整備された体制の下で経営規律を高め、企業価値の向上を図ることである。国内外で事業の再編に直面する多くの企業にとって、M&A戦略の重要性はいっそう高まり、その巧拙が競争上の地位と業績に大きな影響を与えている。本論文では、M&A戦略を企業価値創造につなげるために重要な課題とそのために必要とされる経営規律、経営者と取締役会がM&A戦略において果たすべき役割を概観する。

特集論文Ⅴ 日本におけるガバナンス改革の「実質的」影響をめぐる実証分析
伊藤 邦雄/加賀谷 哲之/鈴木 智大/河内山 拓磨
(一橋大学大学院商学研究科特任教授/一橋大学大学院商学研究科准教授/亜細亜大学経営学部経営学科准教授/一橋大学大学院商学研究科講師)
本論文のねらいは、日本で近年進展しつつあるコーポレートガバナンス改革が企業価値に与える「実質的」影響を検証することにある。このため、伊藤レポートが公表された2014年8月前後における「稼ぐ力」の変化、企業の財務政策や政策保有株式、取締役構造の変化が企業業績や価値に与える影響を分析した。本論文では検証の結果として、日本企業のROEは改善しているものの、コスト削減に牽引されており、全体として持続的な企業価値創造に結びつくかはなお予断を許さない点、より効果的に業績を改善している企業は、余剰現金や株主還元政策を見直すなど、コーポレートガバナンス改革に対して「形式的」な対応を超えて実質的にバランスシートを意識した経営改革に着手している点などを指摘する。

特集論文Ⅵ 日本型コーポレートガバナンス構造の再検討――市場競争の規律づけメカニズムの検証
花崎 正晴
(一橋大学大学院商学研究科教授)
日本の伝統的なコーポレートガバナンスの面で重要な役割を果たしてきたと見なされているのは、企業系列やメインバンク関係である。一方で本論文では、製品市場の競争条件が企業経営に対する規律づけの機能を発揮してきたのではないかという代替仮説を提示し、長期の企業データを用いて実証分析した。その結果、株主による規律づけの効果については、ロバストな結果が得られず、またメインバンクのモニタリング効果についても、肯定的な結果は導出されていない。逆に、企業経営に対して有効な規律づけを与えていると見られるのは、製造業部門における市場競争の要因であった。この事実は、日本の長期的な経済発展過程において、アングロサクソン型モデルや通説としての日本型モデルでは十分に説明されていないコーポレートガバナンスのメカニズムが、主に製造業部門に対して機能していた可能性を示唆するものである。

[特別寄稿] インダストリー4.0の崩壊とその先にあるもの
光山 博敏/中沢 孝夫
(信州大学全学教育機構特任准教授/福山大学経済学部教授)
ドイツで提唱された「インダストリー4.0」とは、製造業のデジタル化であり、標準化・共通化することで異なった企業・工場、機器をつなぎ、国全体を1つのスマート工場にする、という構想である。これは日本政府の産業政策にも大きな影響を与えている。しかし、その実態はどうなっているのだろうか。著者(光山)は、ドイツを代表する大企業からミッテルシュタント(中小企業)までの現場に赴き、広範な聞き取り調査を行ってきた。その結果、インダストリー4.0の進捗状況は、ほとんど空想の段階にとどまっており、実態は空中分解し始めている、という事実であった。本来なら、他企業との差異が競争力の源泉であるにもかかわらず、それを放棄させるという政策に乗ってくるプレーヤーは、ほとんどいないのである。本論文では、ドイツの製造業の実態について、各企業やミッテルシュタントの仕組みに触れながら紹介していく。ものづくりで大切なのは、事実と現場であるが、そうした視点なしに行われている日本での議論に警鐘を鳴らすとともに、日本の製造業の持つ強みについても考える。

[技術経営のリーダーたち]
[第31回]新入社員のアイディアと情熱、行動力が突き動かした大企業発のイノベーション
對馬 哲平
 (ソニー株式会社 新規事業創出部 wena事業室統括課長)

[連載]日本発の国際標準化 戦いの現場から
[第1回]大成プラス「ナノモールディング技術」
江藤 学/鷲田 祐一
(一橋大学イノベーション研究センター教授/一橋大学大学院商学研究科教授)

[連載]フィンテック革命とイノベーション
[第2回]進化する電子決済技術
野間 幹晴/藤田 勉
(一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授/一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授)

[連載]ビジネスモデルを創造する発想法
[第6回]大きな「飛躍」をもたらす着実なサイクル
井上 達彦(早稲田大学商学学術院教授)

[連載]クリエイティビティの経営学
[第5回]クリエイティビティを育む職場風土は人によって異なるのか?――日本のビジネスパーソン3000人の調査より
稲水 伸行(東京大学大学院経済学研究科准教授)

[ビジネス・ケース]
味の素――コーポレート・アントレプレナーシップの実現
孫 康勇/内田 大輔/高橋 裕典 
(一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授/九州大学大学院経済学研究院講師/一橋大学大学院国際企業戦略研究科修士課程修了)
企業に新たな活力を与えるコーポレート・アントレプレナーシップへの関心がますます高まっている。しかしながら、そのプロセスにおいて、マネジャーがどのような課題に直面し、どのようにしてその課題を解決しているのかはあまり知られていない。本ケースでは、味の素社においてマネジャーが、アミノ酸の製造過程の副産物である発酵副生バイオマスを活用した新たなビジネスを創り出していくプロセスを通じて、コーポレート・アントレプレナーシップを考える。

流山市――人が出て行く街から入ってきて住み続ける街へ
木村 篤/酒巻 徹/治部れんげ 
(一橋大学大学院商学研究科経営学修士コース/一橋大学大学院商学研究科経営学修士コース/一橋大学大学院商学研究科経営学修士コース)
千葉県北西部に位置する中都市である流山市。高齢化と人口減少で財政悪化を迎えつつあったが、2005年のつくばエクスプレス開業を契機に、市長のリーダーシップの下、市役所の業務改革と組織改革に着手する。その中心の施策が、共働き子育て層の流山市への誘致である。そのためにマーケティング課が設立され、外部人材を登用し、市の強みや魅力を発信し始める。市民との対話も増やし、市民同士を結びつける施策も展開し、市民の意識
も変わり始めている。現在、流山市は「子育てがしやすい街」として、人口も出生率も増え続けている。人口減少社会のなか、このように成果を上げていった例はまれである。本ケースでは、10年超に及ぶ改革の軌跡をたどることで、選択と集中によるマネジメント手法が、非営利団体にも適用可能であることを示す。

[マネジメント・フォーラム]
インタビュアー/伊藤 邦雄
ガバナンスの仕組みを柔軟に進化させながら、花王らしさを追求する
澤田 道隆 (花王株式会社 代表取締役 社長執行役員)

[私のこの一冊]
■日本企業の真の姿と正しい処方箋――平野正雄『経営の針路』
 山崎 繭加 
(元ハーバード・ビジネススクール日本リサーチ・センター アシスタント・ディレクター)

■研究するとは?」を考える素材――山下和美『天才柳沢教授の生活』
生稲 史彦(筑波大学システム情報系准教授)

[投稿論文]
アーキテクチャ進化における製品開発マネジメント――半導体露光機産業の事例から
榎波 龍雄/田路 則子
(法政大学大学院経営学研究科修士課程修了/法政大学経営学部教授)
半導体チップを製造する半導体露光機は、大規模で複雑なアーキテクチャを持ち、さまざまな要素技術を必要とする産業財である。元来、露光機は自動車に代表されるような究極の擦り合わせ型製品であり、日本企業のニコンが1980年代から90年代半ばまで、圧倒的な技術革新能力を示し、市場をリードしていた。しかし2000年前後に、後から参入してきたオランダのASMLがニコンを逆転し、2010年には市場の70%以上を獲得するに至った。アーキテクチュラル・イノベーションに際して、ASMLはニコンに比べて新たなアーキテクチャにスムーズに移行できた。それは、内部組織と外部連携のマネジメントに長けていたからである。具体的には、コンソーシアムの活用、サプライヤーとの共同開発、顧客サポートを通してアーキテクチュラル知識を早期に構築したことが優位性を生んだ。

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