【一橋ビジネスレビュー】 2012年度 Vol.60-No.4

2012年度<VOL.60 NO.4> 特集:クロスボーダーM&A








12・3・6・9月(年4回)刊編集
一橋大学イノベーション研究センター
発行 東洋経済新報社


特集:少子高齢化による国内市場の成長機会に対する悲観的な見方や、リーマンショック以降の歴史的な円高傾向などを背景として、日本企業による海外企業買収の動きが活発化している。本特集では、クロスボーダーM&Aを経営戦略の重要な一環と位置づけた上で、統合の効果を最大限に生かし、利益ある成長と企業価値向上を実現するには何が必要かを論じる。さらに、主要国の関連法制度や投資先国ごとの留意すべき点、パフォーマンスに関する実証分析などを交えて、日本企業のクロスボーダーM&Aの現状と課題を、事実とデータに基づいて冷静に分析する。

特集論文Ⅰ 日本のクロスボーダーM&Aの現状
大久保功 /佐山展生
GCAサヴィアン株式会社 エグゼクティブディレクター/GCAサヴィアングループ株式会社 取締役・インテグラル株式会社 代表取締役・一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)
日本企業によるクロスボーダーM&Aがいっそう活発になってきており、買い手としての日本企業の存在感が高まっている。その背景として円高が引き合いに出されるが、むしろ円高に対して日本企業は中立的であり、そのほかの外的要因、すなわち「低成長の日本市場を飛び出して海外市場の獲得をねらう」「日本企業ではM&Aに利用可能な手元流動性が潤沢に積み上げられている」「低金利の下で買収資金の調達コストが低い」「M&A資金貸し出しを優遇する銀行の融資姿勢に恵まれている」「産業革新機構の設立や円高対応緊急ファシリティなどの政府による制度的な後押しの仕組みの整備」が背景にあるようだ。日本とアメリカのGDPの比較から判断すると、日本のM&A市場は今後もまだ拡大することが予想される。


特集論文Ⅱ クロスボーダーM&Aと経営
伊藤友則 
(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
クロスボーダーM&Aは海外市場に成長を求める日本企業に必須の経営ツールだが、リスクの伴う企業行動でもある。明確な戦略立案と速やかな意思決定を通じた、タイミングのよい適正価格での買収の遂行のみならず、買収時の投資家や従業員とのコミュニケーション、買収企業の経営者選定、迅速な統合とシナジー創出のための組織体制作りなど、経営者自らが取り組むべきポイントは多い。海外企業の買収では、流行や投資家の圧力に揺るがず、日本企業の強みであった長期的視点に基づく経営戦略で取り組めば、価値創造のチャンスは多い。


特集論文Ⅲ 継続的に利益ある成長を実現するM&A
西村裕二
(アクセンチュア執行役員兼経営コンサルティング本部統括本部長兼戦略グループアジア・パシフィック統括マネジング・ディレクター)
クロスボーダーM&Aは成功確率が低いものである。しかし、「高値づかみ」や「買いっ放し」などで失敗する企業がある一方、高い確率で成功を続けている企業もある。「継続的」買収の成功者がリスクを軽減し、継続的に利益ある成長を可能にする理由は、クロスボーダーM&Aを単体ではなく一連のシナリオで考え、全体のプロセスを一貫して見る点にある。買収に際してオペレーティングモデルをグローバルでスケールメリットを享受できるものへ進化させている点も重要だ。日本企業は、実力相応の買収の継続によりクロスボーダーM&Aの経験を蓄積すると同時に、海外企業の買収により先駆的なオペレーティングモデルを手に入れ、そのモデルを通じて買収や市場進出のスピードを高め、また過去の買いっ放し企業の価値向上を図ることが期待される。


特集論文Ⅳ クロスボーダーM&Aの実務上の留意事項

知野雅彦 /高嶋健一/岡田光
 (KPMG FAS代表取締役 パートナー / KPMG税理士法人 パートナー /

KPMG FAS執行役員 パートナー )
日本経済の成熟や少子高齢化を背景として、また、円高という要因もあり、海外に成長を求め積極的にM&Aを展開する日本企業が増えている。海外企業を対象としたクロスボーダーM&Aでは、各種制度の違い、商習慣や文化の相違から、国内企業のM&Aでは考慮する必要のない点まで検討しなければならない。本稿では、クロスボーダーM&A全般に関する実務上の留意事項を述べるとともに、最近増えている新興国M&Aにおける主な論点をまとめた。


特集論文Ⅴ クロスボーダーM&Aの法制と実務上の諸論点
棚橋元 / 紀平貴之/梅津英明

 (森・濱田松本法律事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士 / 森・濱田松本法律事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士/森・濱田松本法律事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士)
クロスボーダーM&Aで成功するには、対象会社が所在する国の法令、規則およびその実務を熟知することが重要となる。適用される規律は、M&A対象会社が上場会社と非上場会社とでは異なり、また、M&Aの取引形態によっても異なる。日本企業による非上場会社の買収では、近年、プライベート・エクイティ・ファンドからの株式取得案件が増えており、その実務にも、米英間で異なる潮流が見られる。また、上場会社の買収に関しても、米英間で適用される規律や実務に差異があり、さらに今後も増加が見込まれる新興国におけるM&Aでは、M&Aを規律する法制度自体が未成熟であり、そのため当局の裁量が大きい場合や、先進諸国と比べて厳格な外資規制が存在する場合など、先進諸国におけるM&Aとは異なる留意点が多く存在する。クロスボーダーのM&Aにあたっては、買収対象のローカルな法律や実務にあわせた買収方法を考えると同時に、買収者として主張・堅持すべき点を明確に意識し、両者のバランスを取ることが重要となる。

特集論文Ⅵ 日本企業はクロスボーダーM&Aが本当に不得意なのか?
井上光太郎 / 奈良沙織 / 山﨑尚志

(東京工業大学大学院社会理工学研究科教授 / 

東京工業大学大学院社会理工学研究科助教 / 

神戸大学大学院経営学研究科准教授)
最近のマスコミ報道を見ると、日本企業による海外企業の買収は、大半が失敗しているという。本当にそうなのだろうか? 筆者らの最新の実証研究の結果では、日本企業のクロスボーダーM&Aは製造業の大手企業が中心に行っているが、買収の決断は株式市場の支持を受けており、買収後も株主価値を有意には下げていない。日本企業による国内企業の買収、または英米企業によるM&Aのいずれと比較しても、パフォーマンスが劣るということはない。むしろ、M&Aの経験の少ないなかで、日本企業はクロスボーダーM&Aにおいて健闘しているというべきだ。国内経済の成熟化のなかで、クロスボーダーM&Aは経済のグローバル化に対応する合理的な手段となっている。

[経営を読み解くキーワード]
書籍のデジタル化と出版の商習慣
遠藤貴宏 (カーディフ大学リサーチアソシエイト)

[特別インタビュー]
成功企業に学ぶ 経営トップの役割とは本特集の締めくくりとして、大型のクロスボーダーM&Aを成功させた2つの代表的企業の経営トップに、M&Aにおいて経営トップが果たすべき役割についてお話をお聞きした。1999年にRJRI、2007年にギャラハーを買収した日本たばこ産業の木村宏会長と、06年にOYLインダストリーズ、12年にグッドマン・グローバルを買収したダイキン工業の井上礼之会長である。彼らはなぜクロスボーダーM&Aに踏み切ったのか、買収後のシナジーを高めるには何が必要なのか。当事者ならではの実践的M&A論を語る。
Ⅰ M&Aは買収後のシナジー形成に成功してこそ実がある
木村宏 (日本たばこ産業株式会社 取締役会長)

Ⅱ M&Aはグローバル人材を育てる道場
井上礼之 (ダイキン工業株式会社 代表取締役会長兼CEO)
[ビジネス・ケース]

クラレ――三位一体による顧客価値の創出

岡村佑太 / 延岡健太郎
 (一橋大学大学院商学研究科経営学修士コース / 一橋大学イノベーション研究センター長・教授)

日本企業の多くが、利益や付加価値の創出という意味での価値づくりができていないなかで、例外的に大きな価値づくりを実現しているのが、クラレである。同社の営業利益率が同業他社と比較しても非常に高いのは、商品の多くが世界トップシェアを実現している結果である。本ケースでは、クラレがこのような価値づくり(高利益)ができている理由を、戦略と組織の面から説明していく。近年、日本を含めた先進国市場の成長鈍化や、アジア諸国の強力な競合企業の台頭により、競争が許容範囲を超えて過当競争になる傾向が強くなってきた。そのため、これまでと同様に大きな成長市場に参入すると、日本企業は競争に飲み込まれてしまい、価値づくりができない事例が増えてきた。クラレの戦略は歴史的に「小さな池で大きな鯉になる」という視点を重視してきた。小さい市場でも、自社の強みが最大限に活きる市場を徹底的に見きわめ選択する。その市場で、かけがえのない企業となり、社会に独自の貢献をするのである。


[ビジネス・ケース]
フェリカネットワークス
櫻井康一 / 青島矢一
(一橋大学大学院商学研究科経営学修士コース / 一橋大学イノベーション研究センター教授)
携帯電話を端末にかざすだけで買い物をしたり、駅の自動改札を通ったりできる「おサイフケータイ」サービスは、2004年7月のサービス開始以来、順調に普及し、2011年3月末現在、7000万台弱の従来型携帯電話と約1800万台のスマートフォンに搭載されている。日本におけるこれらのサービスプラットフォームを提供している唯一の企業が、フェリカネットワークスである。同社の主な事業は、このサービスインフラを支える中核的技術を開発し他社にライセンスするライセンス事業と、構築されたインフラを利用して電子マネーなど種々のサービスを提供するコンテンツプロバイダが安全な環境でサービス提供できるように管理を行うプラット
フォーム事業である。これら2つの事業を柱として、フェリカネットワークスは着実に成長し、安定的な収益を上げてきた。本ケースでは、その設立経緯から多岐にわたるサービス事業の展開に至るプロセスをたどる。

[連載]はじめてのビジネス・エコノミクス(最終回)
[第4回]合併によって価格が上がる?―メーカーと流通業者の駆け引き
柳川範之 (東京大学大学院経済学研究科教授)
[コラム]日本経営学のイノベーション 第1回
訓詁学から実証研究へ
小川進 (神戸大学大学院経営学研究科教授)

[私のこの一冊]
開かれた社会の追求は日本企業復活に通じる──山岸俊男『信頼の構造』
 野間幹晴 (一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授)

知のフロンティアへの道しるべを示す──入山章栄『世界の経営学者はいま何を考えているのか』
 安藤史江 (南山大学大学院ビジネス研究科准教授)

[マネジメント・フォーラム]

インタビュアー/米倉誠一郎・伊藤友則

クラウドの時代にユーザーから選ばれ続けるグローバルブランドをめざす
鵜浦博夫 (日本電信電話株式会社 代表取締役社長)


第12回 ポーター賞受賞企業に学ぶ
大薗恵美 / 山﨑聖子
(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 / 

一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任研究員)

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