野中郁次郎(一橋大学名誉教授) |
イノベーションを持続するコミュニティをつくる |
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戦略の究極はアリストテレスのいう「フロネシス」の組織化にある。フロネシスとは、賢慮や実践的知恵、実践知と訳される概念で、「何が社会にとって善いことであるか」という共通善の価値基準を持って、その都度の文脈の只中で、最善の判断と実践を行う力である。本稿では、6つの能力からなる実践知リーダーシップを、本田宗一郎とスティーブ・ジョブズを例に、それぞれ説明し、空間、時間、資源の3つの次元で捉えるモデルを提示する。そして、実践知のリーダーシップの組織的育成と場づくりから、持続可能なイノベーションを起こしていく共同体づくりまでを提案する。日本発の知識経営理論のパイオニアによる、研究の最前線がここにある。 |
守島基博(一橋大学大学院商学研究科教授) |
知識創造を支える人材マネジメント |
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これまでの人材マネジメントは、課題(タスク)処理型の貢献を前提として理論化を行ってきたため、知識創造型の貢献を行うための人材マネジメントについては、あまり多く議論されていない。こうした状況のなかで、本稿は問題解決、知識創造など、より高度な貢献を行う人材を対象とした人材マネジメントに関する理論化の試みである。具体的には、人材マネジメントのなかでも、①内発的モチベーション、②長期でていねいな評価、③処遇におけるリスク分散、④職場における情報の多様性と曖昧さの意図的拡大、⑤職場における相互作用の促進、⑥キャリアを通じての良質の経験の提供、の6要素に注目した枠組みを提案する。さらに部分的ではあるが、アンケートデータを用いて、その6要素と働く人が認識している知的創造性との関連を実証的に検討する。結果は、おおむね上記6要素の重要性を支持している。 |
小川進/藤川佳則/堀口悟史(神戸大学大学院経営学研究科教授/一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授/神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程) |
知識共創論──ユーザー・ベースの知識創造経営に向けて |
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製品やサービスのイノベーションを生み出すのは、企業ばかりではない。ユーザーも重要なアクターである。本稿では、これまで大きな光が当てられてこなかったユーザーとしての顧客を、2つの視点を通して知識創造の重要な主体として捉えることを試みる。まずは、イノベーション研究におけるユーザー・イノベーションの視点からイノベーションにかかわるユーザーの割合の大きさを国際比較研究によって示す。次に、マーケティング研究におけるサービス・ドミナント・ロジックの視点から、具体的な事例を通して、供給者としての企業だけでなくユーザーとしての顧客が価値の共創に携わっていることを解き明かしていく。研究面のみならず、実務面での多くの可能性が期待されるユーザーを巻き込む形での「知識共創」という新たな知識創造活動の姿を紹介する。 |
大澤幸生/西原陽子(東京大学大学院工学系研究科教授/東京大学大学院工学系研究科講師) |
チャンス発見のためのコミュニケーション──遊びと喧嘩は江戸の華 |
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ビジネスの現場で互いの都合を探り、都合の対立を指摘し合う会話は、一見、創造性を阻害するように見える。しかし、会話のプロセスと技法を正しく設定すれば、普段は聞くことのできない価値あるアイディアを覚醒させていくことができる。本稿では、筆者らが独自のデータ可視化手法を取り入れながら取り組んできたチャンス発見学のビジネス適用事例を紹介し、さらに近年、ビジネスシナリオの提案と評価をやり合う会話の場としてイノベーションゲームを導入した事例を挙げる。これらのエビデンスに基づき、イノベーションをめざして組織的なチャンス発見プロセスを実施する人々のコミュニケーションにとって、何が必要であるかを考える。そのなかで新たな核として筆者らが導入した「都合学」の視点から、適度な衝突と遊び心がイノベーションにとって有益であることを示唆する。 |
廣瀬文乃(一橋大学大学院国際企業戦略研究科博士後期課程) |
知識創造のソーシャル・イノベーション──知域知縁のまちづくり |
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2000年以降、ソーシャル・イノベーションの動きが世界的に広まっている。貧困や差別、虐待や児童福祉、医療や介護、安全や安心、環境など、地域社会が抱えるさまざまな問題をビジネスの手法を用いて革新的なアプローチで解決する動きである。こうした地域の課題は、個人の自助や公的機関の公助では、十分に解決できないことも多い。そのため、地域の市民やNPO、企業などが協働することで解決を図ることが期待されている。では、ソーシャル・イノベーションを実現し促進するにはどうしたらよいのだろうか。本稿では、知識創造理論と東京都三鷹市の市民協働のまちづくりの事例をもとに、「知域知縁のまちづくり」というコンセプトを提示して、ソーシャル・イノベーションを可能とし促進する要因を探る。 |
山本修(ユニゾン・キャピタル株式会社 パートナー) |
イノベーション創出システムの再設計──「知識創造による経済成長」への新たなアプローチ |
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物理的・人的資本の蓄積が進んだOECD諸国において「知識ストックが成長しているにもかかわらず経済成長は低迷する」という現象が過去25年間に「横断的」に観察される。しかし、メインストリームの成長経済学および経営学はともに、①この現象がなぜ生じており、②どのように対処すべきなのか、という処方箋を示しえていない。本稿では、わが国において「知識創造による経済成長」を実現するためには「イノベーション創出システム」の再設計を行い、最先端研究者、グローバル企業および資本市場参加者をめぐるグローバルな競争に改めて優位性を確立することが必要であることを論証する。 |
菊澤研宗/野中郁次郎(慶應義塾大学商学部教授/一橋大学名誉教授) |
知識ベース企業の境界設定──取引コスト理論を組み入れたSECIモデルの展開 |
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これまで、知識ベースの経営理論はさまざまな方向で発展してきた。哲学的な方向でも、知識創造理論としても、そしてリーダーシップ論としても発展してきた。本稿は、もう1つの方向として、知識ベースの経営理論を現代企業理論へと発展させることを目的としている。現代企業理論が扱う最も重要な問題の1つは、ロナルド・H・コースによって提起された企業の境界問題である。知識ベース企業はどこまで大きくなるのか。どのような場合に他社を買収し、どのような場合に他社から知識を購入し、どのような場合に他社と提携するのか。知識ベースの経営理論の中心的モデルであるSECIモデルに、オリバー・E・ウィリアムソンの取引コスト理論を組み込むことによって、これら企業の境界問題をめぐる一連の問題が理論的に解決されうる。このことが本稿で明らかにされる。 |
●特別寄稿 米倉誠一郎(一橋大学イノベーション研究センター長・教授) |
東日本大震災がもたらすパラダイム・チェンジ |
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政府の債務残高1000兆円に達しようという借金大国日本に、東日本大震災という新たな試練が降り掛かった。しかしこれによって、まったく新しい日本を創造する時が到来したともいえる。そのためには、われわれの思考枠組みに大きなパラダイム・チェンジが必要である。パラダイムとはモノの考え方や概念枠組みのあり方のことであり、パラダイム・チェンジとはそれを大きく変えることである。戦後日本は、石油もなく、島国であり、人口過剰であるという、それまで不利と思われていた物理的な条件を、発想の転換によって有利な条件に変化させた。これは歴史上、他に例を見ない見事なパラダイム・チェンジであり、日本はこれによって繁栄を達成した。それに匹敵する発想の転換によって、これまでの日本を根底からつくり直す時が来たのである。 |
●ビジネス・ケース 藤原雅俊/青島矢一/三木朋乃(京都産業大学経営学部准教授/一橋大学イノベーション研究センター准教授/立教大学経営学部助教) |
東レ──逆浸透膜事業の創造プロセス |
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世界的な経済発展や人口増加、環境汚染によって水不足は深刻な問題となり、大きな造水需要が生まれている。水をつくり出す上で重要な部材が、逆浸透膜と呼ばれる膜である。東レはこの逆浸透膜事業に日本企業のなかで最も早く乗り出し、現在、同事業は右肩上がりで成長している。しかし今でこそ注目を浴びる東レの逆浸透膜だが、研究開始から事業を軌道に乗せるまでには長い時間がかかった。本ケースは、この長い年月の間、同社がどのようにして逆浸透膜の開発を進め、事業化したのかを探る。 |
●ビジネス・ケース 江夏幾多郎(名古屋大学大学院経済学研究科准教授) |
アサヒビール──職場の人材形成における伝統の保持と刷新 |
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アサヒビールでは伝統的に、社員同士の共感や育成の連鎖が濃密、自律的かつ非公式的な形で存在しており、それが「スーパードライ」のヒットやその後の同社の成長を支えてきた。しかし近年の事業環境の変化は、同社の育成風土に対し、関係の濃密さなどの伝統を守ると同時に、社員1人1人が専門性を磨く形で成長を遂げてゆくことを求めるようになった。本ケースでは、伝統の保持と刷新のバランスのための、戦略策定、職務設計、育成システムの整備における経営者と人事部の取り組みを紹介する。 |