【一橋ビジネスレビュー】2025年春号 Vol.72-No.4

2025年春号<VOL.72 NO.4>特集:資本主義の再考
                ー 求められる企業とリーダーの役割
          

 

 

12・3・6・9月(年4回)刊編集

一橋大学イノベーション研究センター
発行 東洋経済新報社

特集:世界には現在、競合する2つの有力な経済システムが存在する。欧米経済の多くで支配的な株主資本主義と、新興市場の多くで顕著な国家資本主義である。どちらのシステムも、この数十年間、驚異的な経済発展をもたらした。しかし、いずれも社会的・経済的・環境的に大きなマイナス面をもたらしたことも指摘され始めている。行き過ぎた資本主義に警鐘を鳴らすように、ダボス会議をはじめとして、ステークホルダー資本主義が提案されている。ステークホルダー資本主義では、経済と社会におけるすべてのステークホルダーの利益が考慮され、企業は短期的な利益以上のものを求めて最適化し、政府は機会の平等、競争における公平な土俵、システムの持続可能性と包括性に関して、多様なステークホルダーへのより公平な貢献と分配の守護者となることが求められる。本特集では、資本主義を再考し、資本主義の未来について検討する。企業は、財務リターンの最大化を追求すると同時に社会の公器としての役割を果たすには、どうあるべきか。これからの社会で求められる企業やリーダーの役割を議論する。

特集論文Ⅰ 現代経営における危機と二項動態経営
野中郁次郎/大薗恵美
(一橋大学名誉教授/一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻教授)
本稿では、共通善実現に向けた価値創造を無限追求する賢慮資本主義と二項動態経営を提唱する。誰もが幸福に生きるための社会基盤を整え、地球環境の限界とも折り合いをつけ、新しい価値を創造するためには「フロネシス(賢慮)」が必要である。それは、善い目的を掲げつつ、変化する現実の文脈のなかで、その都度の最善を判断し、俊敏に行動する実践知である。経営とは「生き方(a way of life)」だ。「あれかこれか」の二者択一ではなく、一見相反する二項の矛盾や葛藤から逃げずに「あれもこれも」と向き合うことで新たな集合知を創造し、自己変革しながら共通善に向かう二項動態経営を実践するのである。そのためには「未来の共通善に向かって、新たな意味を他者と共創する動的主体」としての人間の無限の可能性を解放し、活かさなければならない。分析先行や過度な数値化によって人間の野性や創造性を阻害してはならない。賢慮を実践する主体を育む場づくりのために教育の果たす役割は大きい。

特集論文Ⅱ 「並存の時代」と経営
御立尚資
(京都大学経営管理大学院特別教授)
世界情勢から気候変動まで、多くの領域でVUCAという言葉が使われるようになった。この背景には、20世紀最終盤から近未来にかけて、工業化の時代の終焉期とデジタル化の時代の端緒が重なる「並存の時代」を迎えたことがある。人類史上大きな意味を持つ産業革命から工業社会化拡大の流れが、大きな屈曲点を迎え、デメリットが目立つ時代に入った。これは「資本主義」の限界論や修正論にもつながっている。一方、デジタル革命によるAIとデータ活用の時代は始まったばかりの混乱期にある。大きなポテンシャルをもたらす技術ではあるが、そのデメリットをコントロールする術は、明らかになっていないからだ。本稿では、「並存の時代」をもたらした大きな時代の流れを読み解きながら、企業の持続可能性を高めていくためのリスクとチャンスの捉え方、そして、時代を切り開くリーダーの役割を考える。

特集論文Ⅲ エシックスを基軸としたパーパスの実践
名和高司
(京都先端科学大学ビジネススクール教授
近年、世界的にパーパスが注目されている。パーパスを高らかに掲げ、未来に向けて非連続なイノベーションを仕掛けることで、未来感のある課題を解決する。しかし、立派なパーパスを掲げる企業は増えたものの、その実践に行き詰まっているところが出てきている。そこで必要になるのがエシックス(倫理)の実装であり、社員1人1人の日々のプリンシプル(行動原理)にまで落とし込むことが求められている。エシックスは単なるコンプライアンスのためにあるのではなく、社会価値を生み出し、それを経済価値に変換し、さらに社会価値の向上のために再投資するという良質な資本主義、ひいては持続可能な社会と経済の発展のための基軸となる。本稿では、4年前にパーパス経営を提唱し、日本でブームを起こした著者が、なぜ今、エシックスを基軸とした経営が求められているのか、国内外の企業事例を紹介するとともに、その実践への道を説く。

特集論文Ⅳ 価値創造の本質に近づく努力
遠藤信博
(日本電気株式会社 特別顧問
昨今、「新しい資本主義」が提唱されている。資本主義のもたらすベネフィットと、それを実行する上で生じる社会的課題とを同時に深掘りし、課題を改善するとともに、あるべき人間社会のウェルビーイングに近づくソリューションとしての全体最適型の社会システムを求める努力が必要だ。著者は、日本を代表する情報通信企業で、通信ネットワーク事業に長くかかわった後、20年にわたって経営者としてのキャリアを築いてきた。本稿では、そうした経験から、企業や人財とは何か、イノベーションとDXの本質、それらの価値創造のベースとなる心の持ち様について議論を展開していく。そして、個人の自立のためには正しい判断と決断ができる力をつけることが必要であり、それには、守破離を繰り返しながら本質に近づく不断の努力が必要だと指摘する。

特集論文Ⅴ 社会を良い方向に変える力としてのビジネス
溝渕由樹/鳥居希/篠健司
(一般社団法人B Market Builder Japan 共同代表/一般社団法人B Market Builder Japan 共同代表/一般社団法人B Market Builder Japan 理事
近年、欧米を中心にさまざまな業種で、国際的な民間認証B Corpを取得した企業が増加している。B Corp認証は、社会や環境に対するインパクトや透明性、説明責任について、国際的な基準を満たし、社会性と事業性を追求する企業に与えられる。そして、企業は株主への利益最大化だけでなく、従業員、コミュニティ、顧客、環境など、すべてのステークホルダーに対して利益をもたらすことを求められている。国や産業、規模が異なるすべてのB Corpが、「インクルーシブかつ公平でリジェネラティブな経済システムの実現」という共通のビジョンに向けて歩むことで、ビジネスのゲームのルールを変えることをめざしている。本稿では、日本のB Corpの活動を牽引してきた著者らが、B Corpの概要と認証B Corpであるバリューブックスとパタゴニアの事例を紹介し、ビジネスを通じた社会変革の可能性を提示する。

特集論文Ⅵ ビジネスを通じて、食の社会課題を解決する
髙島宏平
(オイシックス・ラ・大地株式会社 代表取締役社長
経済合理性の追求と社会課題の解決はジレンマにならないだろうか。著者は、2000年にオイシックス(現・オイシックス・ラ・大地)を創業し、四半世紀にわたり食にまつわる事業を行ってきた。その企業理念は、食の社会課題を解決することにあり、社会課題を解決することで収益をあげていくスタイルである。同社は、安心・安全な商品を生産者から調達し、サブスクリプションで消費者に個別配達する食品EC事業で成長を遂げてきた。本稿では、同社の食品EC事業に加え、がん患者向けの食支援、買い物難民に向けた移動スーパー事業、東日本地域の食品産業への支援などの事例を紹介する。生産者と消費者に安定と豊かさをもたらし、食の分野で社会をより良くしていくことをめざす。会社を経営する著者の役割は、社会に対して「良いこと」を持続的かつ大規模に実施することであり、今後も、こうした姿勢を貫き、社会課題をビジネスの手法で解決しながら成長を続ける決意を述べる。

[連載]コンテンツビジネスから見る世界
[第2回]ゲームのビジネス化がもたらしたこと
生稲史彦
(中央大学ビジネススクール教授)

[連載]戦略人事の考え方
[第6回]従業員体験を最大化する人材マネジメント
島貫智行
(中央大学大学院戦略経営研究科教授)

[連載]産業変革の起業家たち
[第22回]日本発グローバルスタートアップへの挑戦
松本恭攝
(ジョーシス株式会社 代表取締役社長)
インタビュアー:青島矢一/藤原雅俊

[ビジネス・ケース]
ワークマン ―― 客層拡大に向けた自走式組織への変革
阿部亮平/矢野孝彦/若井理恵子/青島矢一
(一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学イノベーション研究センター教授
近年、アウトドアやスポーツウェアの分野で「高機能×低価格」を強みに一般消費者にも人気のワークマンは、1982年に設立された主に建設技能労働者向けのワークウェアおよび関連用品の小売チェーンである。ベイシアグループの子会社として、トップダウン経営の下、独自のオペレーションスタイルとビジネスモデルを構築し、全国にフランチャイズ展開を進めてきた。個人の職人向け作業服というニッチ市場で国内トップの地位を確立した同社は、2010年代に入ると市場の飽和を感じ、土屋哲雄のリーダーシップの下で改革に着手する。エクセルを使ったデータ分析の徹底、フラットな風土作り、インフルエンサーを活用したマーケティングなど次々と革新的な取り組みを実施し、この10年間で店舗数・売上高ともに急成長を遂げ、アパレル業界においても注目を集める存在となった。本ケースでは、ワークマンの変革の軌跡をたどり、その成長要因を探る。

弁護士ドットコム―― 電子契約の普及に向けた挑戦
髙橋和宏(一橋大学イノベーション研究センター特任講師
日本の生産性向上への取り組みの1つとして、官民の双方が推進しているのが、デジタル化である。特に新型コロナウイルス感染症の拡大は、デジタル化への社会的要求をいっそう高めることとなった。ここで焦点となったのが「脱ハンコ」である。押印がこれまで担ってきた機能をデジタルで代替することを可能にするものが電子署名であり、2005年に設立された弁護士ドットコムは日本でいち早くその普及に取り組んできた。同社は法律相談のポータルサイトを祖業とし、2015年に電子契約サービス「クラウドサイン」を開始した。クラウドサインは、従来の押印慣行や法的な制約といった、サービスの普及に対する高い障壁が存在するなかで、どのように浸透してきたのだろうか。本ケースでは、周辺サービスの開発やさまざまなパートナー企業との協力も行いながら、クラウドサインの普及を試みてきた弁護士ドットコムの10年に及ぶ足跡をたどる。

[マネジメント・フォーラム]
人事制度の見直しで霞が関の働き方を変える
川本裕子
(人事院 総裁)
インタビュアー:大薗恵美

[ポーター賞]
第24回 ポーター賞受賞企業に学ぶ
大薗恵美
(一橋大学ビジネススクール国際企業戦略専攻教授)

巨星墜つ――野中郁次郎名誉教授の死を悼む
米倉誠一郎
(一橋大学名誉教授)

ご購入はこちらから
東洋経済新報社
URL:http://www.toyokeizai.net/shop/magazine/hitotsubashi/
〒103-8345 中央区日本橋本石町1-2-1 TEL.03-3246-5467

47巻までの「ビジネスレビュー」についての問い合わせ・ご注文は
千倉書房 〒104-0031 中央区京橋2-4-12
TEL 03-3273-3931 FAX 03-3273-7668