2024年冬号<VOL.72 NO.3>特集:ソーシャル・データサイエンス
ー データが拓く社会の未来
特集:2024年はノーベル物理学賞と化学賞がともにAI関連で授与され、この技術が萌芽期を過ぎ、人類に大きなインパクトを与えていることが示された。しかし、国際秩序の不確実性が高まるなか、データやAIをめぐる国際連携の方向性も不透明であり、AIに代表されるデータ駆動型アプローチには、期待と不安が交錯する。特に、人類が抱える複雑な社会課題の解決には、技術だけでなく、多くのステークホルダーの関与、ルールや合意形成が必要であり、データ駆動型アプローチだけでは、その解決は不可能である。このような状況において、社会科学とデータサイエンスの融合である「ソーシャル・データサイエンス」が、社会課題の解決に貢献することが期待されている。本特集では、その概念と応用事例を通じて、複雑な社会問題にソーシャル・データサイエンスがどのように貢献できるかを考察していく。
特集論文Ⅰ 社会を変革するソーシャル・データサイエンスの挑戦
七丈直弘
(一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科教授)
デジタル革命により、世界のデータ生産量は2025年までに181ゼタバイトに達する見込みである。AIやディープラーニングの発展により、複雑なパターン認識や予測が可能となり、ビジネスや社会に革新的な変化をもたらしている。しかし、データサイエンスには技術的限界や倫理的課題も存在する。そこで注目されているのが、データサイエンスと社会科学を融合した新たな学問領域「ソーシャル・データサイエンス」である。この分野は、技術的な分析能力と社会科学の洞察を組み合わせることで、より包括的な問題解決をめざすものだ。一橋大学では、2023年に72年ぶりの新学部としてソーシャル・データサイエンス学部を設立して、PBLを重視し、企業や公的機関と連携しながら実践的な課題解決に取り組んでいる。この取り組みは、ポストデジタル時代において、技術と人間の価値観を統合する新たなアプローチとして注目を集めている。本稿では、データサイエンスの現状と課題、そしてソーシャル・データサイエンスという新領域の可能性について探る。また、技術革新と人間の創造性の融合により、持続可能な社会の実現をめざす、次世代の学問領域の展望を述べる。
特集論文Ⅱ 生成AIの急激な進化と社会のDX
副島豊
(SBI金融経済研究所株式会社 研究主幹)
生成AIの中核技術である大規模言語モデル(LLM)では、文章の理解能力と生成能力が著しい進歩を続けている。本稿では、LLMをもたらした技術革新について発展段階を追って解説し、実用化が急速に進んでいる応用事例や、ここ1~2年の技術トレンドを紹介する。生成AI技術によって、文書として散在していた知識情報がデータベース化され、その活用が可能となるだけでなく、人間とコンピュータの新たなインターフェイスが提供される。ビジネスや学術研究、日常生活において生成AIの活用が加速し、社会のDXが推し進められていくことが期待される。その一例として金融機関の取り組みを紹介し、新しいシステム開発手法への適応や、経営戦略と企業文化のアップデートが同時に求められていることを示す。
特集論文Ⅲ 社会経済のDXとEBPMの展望
赤井厚雄
(株式会社ナウキャスト 取締役会長)
日本のデジタル化における遅れは指摘されて久しいが、これまで官民で進めてきたDX(デジタル・トランスフォーメーション)によって社会構造は着実に変わり、それに伴って新たなデータが産生され活用可能になりつつある。政府は、ワイズスペンディング(賢い支出)の観点からEBPM(証拠に基づく政策立案)を推進してきたが、新たに出現したデジタル環境下でEBPMをさらに進化させることで、行財政の改革のみならず、民間分野においても新しいビジネスチャンスが生まれることが期待されている。本稿では、現在のEBPM推進の背景となっているデジタル化やデータ利活用環境を概観し、EBPM実装の現状、今後の展望について事例を交えながら紹介する。そして、EBPMを適切に機能させ、真のデータ駆動型社会を実現するためのポイントを考察する。
特集論文Ⅳ 地域課題の解決における「人間」と「機械」の分業:空き家対策を事例として
清水千弘
(一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科教授)
アダム・スミスが示したように、分業は社会全体の生産性を大きく向上させる。AI(人工知能)を広い意味での知能を持った「機械」と定義すれば、人間と機械はどのように分業し、共存していけばよいのであろうか。本稿では、社会課題としての空き家対策を取り上げ、人間と知能を持った機械との分業の可能性を考える。空き家対策のような新しい社会課題への対応は、人間だけでも、機械だけでも解決できるものではない。課題の解決に向けて、法整備が進められ、産官学が連携するなど、さまざまな取り組みが展開されている。本稿では、人間と知能を持った機械との分業により、どのように空き家問題に取り組むことができるのかを、事例とともに紹介する。
特集論文Ⅴ 高齢者の社会参加から多世代共創の地域づくりへ
檜山敦
(一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科教授)
10年後のわが国では、政令指定都市が毎年1つ消えていく規模での人口減少が始まるとともに、さらなる高齢化が進むことが明らかになっている。日本社会を支える力が弱くなっていくなかで、さまざまな領域での社会課題に対応していかなければならない状況にある。それは多世代の住民と地域の企業組織、行政の参加によって乗り越えていくことができると考える。本稿では、そのヒントとなる装置としての「コレクティブインパクト」「リビングラボ」、そして、情報通信技術(ICT)の活用に向けた実践について紹介し、その展望をまとめる。
特集論文Ⅵ AI活用の推進とデジタル化:日本とEUにおける展開
寺田麻佑
(一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科教授)
生成AIの台頭により、AI技術の課題が多面的に顕在化している。個人の権利侵害や情報操作のリスクに加え、経済安全保障や国際競争力への影響も深刻化している。こうした複雑な問題に対し、日本と欧州連合(EU)は対照的なアプローチを展開している。日本はAIの利活用を掲げ、デジタル庁の設立やAI戦略を軸に、ソフトローによる柔軟な規制を特徴とする。一方、EUは積極的な規制の姿勢をとり、世界初のAI法制定やデジタル権利の保護に注力している。両者に共通する課題は、AI倫理とイノベーションの両立、技術覇権競争への対応、そして、グローバルなAIガバナンスの形成である。日欧の対比から規制環境と戦略の違いを理解し、適切な対応を取ることが、今後の国家安全保障と産業競争力の維持に不可欠となる。日欧のアプローチは、AI時代における技術と社会の調和を模索する試金石となるだろう。
[特別寄稿]AIを使いこなす共感経営
山口一郎
(東洋大学名誉教授)
AI(人工知能)が人間の知性(知能)を凌駕する時期が到来するというシンギュラリティ(技術的特異点)には到達するのだろうか。数値と記号で示されるAIと、人間の感情移入の能力である共感はどのような関係にあるのだろうか。本論文は、現象学研究の泰斗であり、野中郁次郎氏との共同研究者でもある著者が、「暗黙知における出会いと共感を起点とする共感経営」が、どのようにして、究極の形式知としてのAIを使いこなしているのかを論じる。具体的には、まず「共感経営」の基軸となる知識創造理論のSECIモデルにおけるポランニーの「暗黙知と形式知」の概念、次に「暗黙知の共同化による共感の生成」がフッサール現象学の「相互主観性」論によって強固に理論化されていることを解き明かす。その上で共感経営において、実際にどのようにAIが「使いこなされている」かを理論的に解明する。
[連載]コンテンツビジネスから見る世界
[第1回]デジタル技術が変えた30年
生稲史彦
(中央大学ビジネススクール教授)
[連載]戦略人事の考え方
[第5回]サステナビリティを追求する人材マネジメント
島貫智行
(中央大学大学院戦略経営研究科教授)
[連載]産業変革の起業家たち
[第21回]社会を変えるパワー半導体の実用化をめざしたカーブアウトという決断
倉又朗人
(株式会社ノベルクリスタルテクノロジー 代表取締役社長)
インタビュアー:青島矢一/藤原雅俊
[ビジネス・ケース]
吉本興業 ―― 47都道府県に広がる「あなたの街に住みますプロジェクト」
西原(廣瀬)文乃
(立教大学経営学部准教授)
吉本興業ホールディングスは、テレビ・ラジオ、ビデオ、CM、その他映像ソフトの企画・制作および販売、劇場運営、イベント事業、広告事業、不動産事業、ショービジネス、その他アミューズメント施設の開発や運営などの事業を行っている総合エンタテインメント企業である。2011年に「あなたの街に住みますプロジェクト」という事業を開始し、所属芸人を47都道府県に住まわせて地方地域の課題解決や活性化を促進してきた。同社がこの事業を行っているのは、「笑いで社会を変える」という理念を達成するためだ。本ケースでは、この事業の誕生と発展の経緯を描き、芸人たちによる「笑い」を起爆剤とする地域活性化の本質に迫る。
花岡車輌―― 「台車」兄弟による老舗物流機器メーカーの変革
新海博章/荻津健史/諏澤岳広/伊藤太郎/秋野里奈/高木眞規子/青島矢一(一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学イノベーション研究センター教授)
1933年、東京都江東区で創業した花岡車輌は、空港用物流機器、産業用物流機器などの事業を展開する老舗物流機器メーカーである。同社は、2008年のリーマンショックの影響により厳しい経営状況に陥った。この危機から回復し、再び成長軌道に乗る過程において、昭和の古めかしい台車メーカーから洗練された現代企業へと大胆な変革を遂げてきた。その変革を牽引してきたのが、花岡雅と花岡尚の「台車」兄弟である。インテリアデザイン会社出身の雅は、斬新な機能とデザインを持つ新商品を次々に導入するとともに、会社全体のリデザインを主導し、IT企業の営業部門出身の尚は、古い営業スタイルを一から見直し、顧客や市場に能動的に働きかける新たな営業スタイルの導入を推進した。本ケースでは、花岡車輌の事業展開の歴史を概観し、2018年頃から2021年のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の導入に至る一連の組織改革プロセスを述べる。
[マネジメント・フォーラム]
垂直統合型モデルでサステナブルAIの実現へ
西川徹
(株式会社Preferred Networks 代表取締役最高経営責任者)
インタビュアー:米倉誠一郎/七丈直弘
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