2024年秋号<VOL.72 NO.2>特集:ビジネス倫理の展望
ー 持続可能な価値観を考える
特集:昨今、社会的なグローバル課題や価値観の変化は、新しい規範の形成を促している。これにより、企業活動の法的順守だけでなく、法の領域を超えた社会的責任や持続可能な発展にかかわる取り組みをどうビジネスに反映させ、統合していくかが戦略的重点となる。本特集では、変化するビジネス規範と環境の展望を念頭に、課題に焦点をあわせ、革新的なアプローチを検討し、持続可能な未来に向けた多様な側面からの洞察を提供する。取り上げるトピックは、新型コロナウイルス感染拡大後に変化した消費者の社会的価値、共創的アプローチで地域持続性の課題に取り組む「リビングラボ」、高齢者福祉分野の「有償ボランティア」、サーキュラーファッションへのアプローチと持続可能なビジネス戦略、サーキュラーエコノミーの実現に向けた日本の取り組みである。
特集論文Ⅰ 変化する価値観:新型コロナ流行が社会志向型商品の購買行動に与える影響
村嶋美穂
(立教大学経営学部准教授)
SDGs(持続可能な開発目標)やサステナビリティ(持続可能性)などへの関心が高まるなか、消費者が社会志向型商品・サービスに寄せる期待が急速に拡大している。こうしたなか、2020年より世界的に猛威をふるった新型コロナウイルス感染症は、消費者の価値観や消費活動にどのような影響を与えたのだろうか。本論文では、新型コロナウイルス感染症の流行前後の社会志向型商品に対する消費者心理と購買行動の変化に焦点を当てる。さらに、効果的なマーケティング戦略のほか、社会志向型商品の需要拡大が新市場創出や経済活性化につながる可能性についても考察する。
特集論文Ⅱ 地域の社会的課題を解決する共創の手法としてのリビングラボ
芳賀和恵
(早稲田大学創造理工学部准教授)
社会的課題の解決には、当事者である地域住民、行政や企業など、さまざまな課題に関与するステークホルダーが主体的にかかわる共創的なアプローチが有効である。北欧を中心にして発達したリビングラボは、課題にかかわるステークホルダーによるボトムアップ式のオープンイノベーションの手法の1つとして、日本でも注目を集めている。地域の課題にかかわりを持つさまざまなステークホルダーが関与する共創の意義は大きい。他方で、多様なメンバーの集まりがチームとして機能することは容易ではない。本稿では、リビングラボが効果的に機能するための仕組みを経営学および経済学の観点から考察するとともに、そこから生まれるイノベーションの特徴についても論じる。
特集論文Ⅲ 有償ボランティアにおける謝礼金が生み出す会計的なジレンマ
齊藤紀子
(千葉商科大学人間社会学部准教授)
有償ボランティアは行政・企業・無償のボランティアによるサービスでは対応しきれなかった多様なニーズに応え、利用者と支援者の対等性や多様性を確保しながら多くの人々にとってアクセスしやすい金額でサービスを提供しており、社会的包摂を推進している。負担を伴う「重い」活動であるために、支援者が謝礼金を受け取ることには正当性があるとされる。しかし、その一部を運営費に充当するだけでは活動資金が不足するばかりか、ボランティアと労働の間の曖昧な位置づけゆえに法人税が課税され、謝礼金がむしろ有償ボランティアを実施する組織の収支状況を苦しくする会計的なジレンマがあることが明らかになった。本稿では、この曖昧さと会計的なジレンマを克服するための方策を提案する。
特集論文Ⅳ スローイングの観点から見た日本の循環型経済:歴史と現在の展開
ロバント・サヴ
(一橋大学社会科学高等研究院講師)
循環型経済(またはサーキュラーエコノミー)という言葉を聞いてまず思い浮かぶのは、リサイクル、あるいは買い物にレジ袋ではなくマイバッグを使う、といったことではないだろうか。循環型経済が耳慣れなくても、この概念の核にある「3R(リデュース、リユース、リサイクル)」は聞いたことがあるかもしれない。3RがSDGsとつながりがあることも、おそらくご存じだろう。循環型経済において、リサイクルやマイバッグ利用は、生産と消費の循環のループを「閉じる(クロージング)」手段であるが、生産と消費が循環するペースを「遅らせる(スローイング)」こともまた、この概念の核にある。本論文では、循環型経済を持続可能な開発の観点から定義し、江戸時代から現在(1603~2024年)までの日本における循環型経済の展開を、生産と消費を「遅らせる」という観点から概観する。その上で、生産と消費を遅らせるための実践的なビジネス上のアプローチをかいつまんで紹介する。
特集論文Ⅴ 持続可能性とウェルビーイングの包含:「ZOZOUSED」の実践から考える新しいビジネスエシックス
赤石枝実子
(株式会社ZOZO コミュニケーションデザイン室 サステナビリティ推進ブロック)
ファッション産業は、環境に与える影響を軽減し、持続可能なビジネスモデルへの転換が求められている。ファッションEC「ZOZOTOWN」を運営する株式会社ZOZOは、独自のアプローチを取り入れており、ブランド古着のファッションゾーン「ZOZOUSED」では、消費者が参加するリユースモデルを通じて、環境負荷の低減と二次流通の拡大に貢献している。本稿では、ZOZOUSEDのビジネスモデルがいかにして新しいビジネスエシックスの仕組みを提案しうるかを考察する。法令順守や持続可能な経営を超え、人々のウェルビーイングを実現することの重要性に注目し、持続可能性(サステナビリティ)とウェルビーイングを包含した新たなビジネスエシックスの視点を提案する。
[特別寄稿]忙しいリーダーのパラドクス:多忙なリーダーがもたらすフォロワーの管理職への意欲低下
鈴木竜太/砂口文兵
(神戸大学大学院経営学研究科教授/神戸大学大学院経営学研究科准教授)
組織における管理職など、リーダーたちが忙しくなっている。その背景には、コンプライアンス強化、働き方改革、DX化といった、近年の職場を取り巻く変化や、制度や仕組みの変革などがある。こうした変革の実現と成否は、マネジメントを担うリーダーにかかっている。それゆえ、自社におけるマネジメントができる良きリーダーの育成がよりいっそう求められている。しかし近年では、管理職への若いビジネスパーソンの意欲が高いわけではない。ますます忙しくなる管理職の業務が魅力あるものに見えず、やってみたいと思えるものになっていないとすれば、所属組織における管理職への意識は弱くなり、良きリーダーは生まれにくくなる。これは将来の経営や組織を左右する大きな課題である。以上の背景を踏まえ、本論文では日本の管理職への調査に基づいて、リーダーが直面する多忙さがフォロワーの管理職への意欲に与える影響とメカニズムを実証的に解き明かす。
[連載]理解のマネジメント
[第3回(最終回)]自律性と創造性
佐藤大輔
(北海学園大学経営学部教授)
[連載]産業変革の起業家たち
[第20回]モバイル分娩監視装置がかなえる周産期医療格差のない世界
尾形優子
(メロディ・インターナショナル株式会社 代表取締役CEO)
インタビュアー:青島矢一/藤原雅俊
[ビジネス・ケース]
不二製油 ―― 食品業界における「両利きの経営」
田路則子/蜷川晴伸
(法政大学経営学部教授/法政大学大学院経営学研究科修了)
不二製油グループは、食品原材料を製造して食品メーカーに提供する大手企業である。原材料の範囲は植物性油脂や業務用チョコレートや乳化・発酵素材や大豆加工素材など、多岐にわたる。たとえば、日本のスーパーなどで販売されているチョコレートの原料を最も多く提供しており、食品業界のインテルという異名が使われることもある。創業以来、B to Bに徹してきたが、新技術と新素材を武器にB to B for Cに踏み込むことを決意した。大豆を「豆乳クリーム」と「低脂肪豆乳」に分離するという画期的な大豆分離・分画技術を利用して、Plant-Based Foodという植物由来の原材料を使用する食品分野へ進出した。ところが、新しいビジネスモデルが求められる新規事業の推進には多くの苦労を伴う。同社のその道のりは、新規事業に伴うジレンマについて含蓄ある教訓を残した。
ユニファ―― TOPPAN CVCとの価値共創
吉田聖崇/青島矢一(一橋大学経営管理研究科博士課程/一橋大学イノベーション研究センター教授)
2013年創業のユニファは、保育施設向けに統合的なデジタルソリューションサービス「ルクミー」を提供するスタートアップである。創業者の土岐泰之のビジョンを具現化すべく最新のデジタル技術を活用して、子どもや保護者に安全・安心を提供している。また保育者の業務を効率化し、子どもと向き合う本来の仕事に集中できるよう支援することを目的とした事業を展開し、現在、全国累計2万件以上のサービスを提供している。同社の成長は、印刷業界最大手のTOPPANのコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)であるTOPPAN CVCからの多様な支援に支えられていた。本ケースでは、スタートアップの成長に寄与する存在として近年注目を集めているCVCからの支援を受けながら、ユニファがどのように事業を展開し、成長を遂げていったのかを関係者への丹念な取材などを通して描き出す。
[マネジメント・フォーラム]
サステナビリティの実現に向けてアートやメディアに何ができるのか
国谷裕子
(ジャーナリスト/東京藝術大学理事)
インタビュアー:米倉誠一郎/福川恭子
[投稿論文]
経営トップの特性はCSRに影響するのか:日本企業の実証分析
中尾悠利子/國部克彦/奥田真也/喜田昌樹
(関西大学総合情報学部准教授/神戸大学大学院経営学研究科教授/名古屋市立大学データサイエンス学部教授/滋賀大学経済学部教授)
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