【一橋ビジネスレビュー】 2021年度 Vol.69-No.2

2021年秋号<VOL.69 NO.2>特集:研究力の危機を乗り越える
――その本質的な原因と未来志向の処方箋

 

 

12・3・6・9月(年4回)刊編集

一橋大学イノベーション研究センター
発行 東洋経済新報社

特集:日本の研究力は、相対的に見て現在危機的な状況にある。中国が躍進し、アメリカ、イギリス、ドイツが順調にインパクトのある研究成果を多数生み出すなか、日本による成果は徐々に減りつつある。なかでも、大学セクターの科学技術研究の国際的な地位の低下が目立っている。この危機をめぐって、研究費の競争的資金へのシフト、若手研究者の雇用の不安定化、そして、研究活動で大きな役割を担ってきた国立大学の法人化と基盤的な運営資金の減少に原因を求める声は少なくない。しかし、いま一度問いたい。本質的な原因は何なのか、と。単にかつての体制に戻せばいいのだろうか。現在の大学が置かれた国際的な環境を踏まえ、あるべき処方箋を考える必要性があるのではないか。本特集では、政策、ビジネス、そして学術的な観点から、大学セクターに求められるマネジメントを考える。


特集論文Ⅰ 国立大学法人化とは何だったのか
――科学研究の観点からの評価
小林信一/福本江利子
(広島大学大学院人間社会科学研究科特任教授・研究科長/
 広島大学大学院人間社会科学研究科特任助教)

国立大学法人化は、研究力強化をめざした政策ではなく、国立大学の公的資源投入の削減をねらいとして始まった。法人化とその後の諸施策は、副作用のような形で国立大学の研究活動にさまざまな影響をもたらしている。本論文では、法人化とそれに続く諸施策が、間接経費問題を典型として、研究活動の活発化とは異なる方向へと国立大学を導いたことについて述べる。制度や政策の次元のみならず、大学の教育研究の活性化を阻む過剰管理をもたらし、これに大学組織内で生まれるレッドテープも相まって、研究時間まで毀損された。しかも、専門職員が圧倒的に不足し、好転の兆しが見えない。取り組むべきことは、結果的にいっそうの混乱を招きかねない改革ではない。今ここで、失敗した政策を明らかにし、その弊害や悪影響を1つ1つ排除し、研究者が本質的ではない時間浪費的作業にとらわれる状況を転換させなければならない。

特集論文Ⅱ アカデミアと社会
――二項対立を超えて

丸山 宏
(株式会社Preferred Networks PFNフェロー)
学術に対する社会の風当たりが強くなってきている。その要因は、社会からの圧力と期待の変化、そして、アカデミア(学術コミュニティー)側の特性に由来する、両者の間の二項対立の構図にあるのではないか。これを崩すためにアカデミア側が取りうる方向性は、社会に対する学術の価値を活かすものであるべきであり、そうであるならば、知識の体系化と合意形成のプロトコルこそが重要である。これを具体的に実現するには、科学者・専門家と市民が時には融合し、時にはその立場を入れ替えながら、対話を通しての意見交換が欠かせない。

特集論文Ⅲ 大学の研究力に関する課題と研究力強化の取り組み
中澤恵太
 (文部科学省高等教育局専門教育課 企画官
本稿では、わが国の研究力をめぐる課題や対策の方向性などについて、第6期科学技術・イノベーション基本計画策定に際して検討した内容をもとに述べる。論点の中心となるのは若手研究者、博士課程学生である。研究活動における若手研究者や博士課程学生の役割は大きく、雇用や処遇に関する課題が顕在化している状況に対して、基本計画ではこの点への対処が行われた。一方で、従前、この問題に対して、必ずしもインパクトがある対策を打てなかったことについては、大学も行政も自戒するべき点があるのではないか。建前と立場を乗り越えて、関係者が知恵を出し合って道を切り開き、政策の企画・実行においてもイノベーションを進めるべきである。

特集論文Ⅳ フロントラインの疲弊が改善されないのはなぜか
――研究大学の主体性に注目して

遠藤貴宏
(一橋大学大学院経営管理研究科准教授
日本の研究大学には研究・教育活動の国際化と、それによる国際ランキングの向上が求められている。それは誰が求めたのだろうか。そして、そのことによって何が現場に生じたのだろうか。本論文では、若手研究者への聞き取り調査の結果を経営学の理論から考察し、現場に必ずしも受け入れられていない戦略の設定が現場の疲弊を生み、(めざしていたであろうはずの)国際ランキングの向上の源泉となる「研究力の向上」の足かせになっている現状を描き出す。その上で、このような戦略の設定をせざるをえない要因が資源の外部依存にあることを指摘し、日本の研究大学が真にめざすべき戦略を提案する。

特集論文Ⅴ リサーチ・マネジメント、リサーチ・アドミニストレーション
――成長途上の専門職
サイモン・ケリッジ
(ケント大学研究政策・支援担当ディレクター
学術研究の支援を担う専門職であるリサーチ・マネジャーおよびリサーチ・アドミニストレーター(RMA)は、研究に対するガバナンスの必要性、そして、研究資金獲得の重要性の増加に対応する形で、専門職としての認知が国際的に急速に広がった。本稿ではRMAが担う機能についてのフレームワークとRMAの実態、そして、専門職団体の発展それぞれについて国際的な観点から概観する。ここから浮かび上がるのが、女性の活躍の可能性、そして、日本の専門職のRMAの発展の可能性である。

特集論文Ⅵ 外部資金の増加は大学の論文生産性を下げるのか
――国立大学の部局レベルのデータからのエビデンス

小泉秀人/門脇 諒/寺本有輝/原 泰史/青島矢一/江藤 学
(一橋大学イノベーション研究センター特任講師/
 京都大学大学院経済学研究科講師/
 一橋大学大学院経営管理研究科博士後期課程/
 一橋大学大学院経済学研究科特任講師/
 一橋大学イノベーション研究センター長・教授/
 一橋大学イノベーション研究センター教授

外部資金(競争的資金)は大学における研究活動を促進するのだろうか。この問いに答えるために本論文では、2002年から2015年までの国立大学33校における部局レベルのデータを用いて、研究資金に占める外部資金の割合と英文論文の生産数との関係について実証分析を行った。この分析からは、一定の水準までは外部資金の比率が高いほど論文数は増大するが、その水準を超えるとかえって論文数が減少するという逆U字関係が確認された。この結果は、外部から獲得する競争的資金と内部の基盤的研究資金との間に、研究成果を最大化させるベストミックスが存在する可能性を示唆している。


[連載]産業変革の起業家たち

[第8回]モビリティーを新たなインフラに――誰もが自由に移動できる社会をめざす
髙原幸一郎
(株式会社NearMe 代表取締役社長)
インタビュアー:青島矢一/藤原雅俊

[連載]企業と社会を架橋するビジネスの新たなカタチ
[第4回]いかに社会課題を市場課題へ転換するか
軽部 大
(一橋大学イノベーション研究センター教授)

[連載]イノベーションマネジメントの定石
[第3回]イノベーションを実現する「つながり方」の力
吉岡(小林)徹
(一橋大学イノベーション研究センター専任講師)

[連載]「ポジショニング」を問う――顧客の脳内をどう制するか
[第2回]顧客の脳内に侵入する4つの方法
結城 祥
(神戸大学大学院経営学研究科准教授)

[私のこの一冊] 
■「闘争の人」と「和合の人」
――山本周五郎『花も刀も』

岩尾俊兵
(慶應義塾大学商学部専任講師

■「人は物のために死ねるか」を本気で問う、もう1つの戦国時代
――山田芳裕『へうげもの』

勝又壮太郎
(大阪大学大学院経済学研究科准教授

[ビジネス・ケース]
大丸松坂屋百貨店 ――経営統合における人事制度改革と人事部の役割
三浦友里恵/島貫智行
(一橋大学大学院経営管理研究科博士後期課程/
 一橋大学大学院経営管理研究科教授

大丸松坂屋百貨店は、「大丸」「松坂屋」として全国主要都市に店舗展開する、日本を代表する百貨店企業である。同社は、老舗百貨店の大丸と松坂屋が2007年9月に持ち株会社を設立して、大丸および松坂屋をその傘下とする経営統合を行った後、2010年3月に大丸と松坂屋を合併し、百貨店事業会社を一体化したことで誕生した。経営統合の主眼は、大丸の高効率な店頭オペレーションの移植による松坂屋の収益改善であり、それを支える人事制度改革の中心は、職能資格制度の松坂屋に大丸の職位等級制度を適用し、両社の人事制度を統合することであった。経営統合時の人事制度統合は難しい課題であるが、大丸松坂屋百貨店は、経営統合ならびに事業会社合併において、従業員の不満や混乱を生じさせることなく統合に成功した。本ケースでは、経営統合における人事制度改革と、それを推進する人事部の役割について考える。

キリンビール ――クラフトビールのプラットフォーム「タップ・マルシェ」
延岡健太郎/青島矢一
(大阪大学大学院経済学研究科教授/
 一橋大学イノベーション研究センター長・教授

「若者のビール離れ」といわれる昨今、国内のビール市場は長く縮小傾向が続いている。業界大手のキリンビールはそこに新たな風を吹き込むべく、クラフトビールに着目した。国内でのクラフトビールの普及をめざし、小さな飲食店でも気軽にクラフトビールを提供できるよう新たに開発されたのが、小型のビールサーバー「タップ・マルシェ」である。キリンはタップ・マルシェを通じて、自社の銘柄だけではなく、国内のさまざまなクラフトブルワリー(クラフトビールメーカー、小規模醸造所)による銘柄を顧客が楽しめるようにした。新たな「プラットフォーム」を構築し、クラフトビール市場を成長させるためのインフラを提供したのである。本ケースでは、ビールづくりのプロフェッショナルであるキリンの開発チームとクラフトブルワリー、若きブリュワーたちの挑戦を描くとともに、タップ・マルシェの開発から全国展開に至るまでの経緯を描く。

JCOM ――ミドル・アップ・ダウンによるRPAの導入プロセス
犬飼知徳/西村知晃/寺畑正英/上小城伸幸
(中央大学ビジネススクール教授/
 多摩大学経営情報学部准教授/
 東洋大学経営学部准教授/
 近畿大学経営学部准教授

JCOMは1995年に設立され、ケーブルテレビ事業を中心に、事業の多角化や各地のケーブルテレビ局のM&Aを行い、いまや日本最大のケーブルテレビ局統括運営会社である。20年に及ぶ急成長のなか、バックオフィス機能の肥大化・複雑化に際して、業務改革が大きな課題となった。その手段として導入されたのがRPAである。RPAとは、データ入力などの単純反復作業を自動化するソフトウェアであり、デジタル・トランスフォーメーション(DX)実装の最初の手段として注目されている。しかし、その導入は容易ではなかった。JCOMは、トップダウンでもボトムアップでもなく、ミドル・アップ・ダウンによって、現場と経営陣の溝を埋め、RPAの導入に成功した。本ケースでは、JCOMのユニークなRPA導入のプロセスをたどることで、日本企業におけるDX推進の課題を考える。


[マネジメント・フォーラム]

インタビュアー:江藤学/吉岡(小林)徹
世界で負けない研究には、 没頭できる環境が不可欠
天野 浩
(名古屋大学未来材料・システム研究所附属未来エレクトロニクス集積研究センター長・教授)


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