【一橋ビジネスレビュー】 2017年度 Vol.65-No.2

2017年秋号<VOL.65 NO.2> 特集:健康・医療戦略のパラダイムシフト

 

 

 

 

12・3・6・9月(年4回)刊編集
一橋大学イノベーション研究センター
発行 東洋経済新報社

 

特集:
高齢化率の上昇と人口減少が進むわが国が直面する課題は多い。複雑な課題が山積する健康・医療(ヘルスケア)領域では、多くの調査研究や実践が行われている。そ
れらの貴重なデータや経験の蓄積が必要なことは言うまでもない。ただし、その一方で、これまでの取り組みの限界を乗り越えることも必要だろう。
たとえば、2014年に国が策定した「健康・医療戦略」は、わが国を「課題解決先進国」として位置づけるという新たな発想を提示した。同戦略では、世界最先端の医療技術・サービスを実現して「健康寿命」をさらに延ばし、健康長寿社会の形成に資する新たな産業活動を支援し、安心と安全を前提とした医療福祉先進国をめざす、といった将来ビジョンが示されている。
そうしたビジョンを絵に描いた餅に終わらせないためにも、同戦略の多角的な吟味が必要だろう。本特集では、同戦略のねらいや沿革、今後の方向性などを整理し、主要な論点を検討する。あわせて、わが国の医療機関の経営戦略や医療管理学の現状を海外と比較しながら紹介する。

特集論文Ⅰ 健康・医療戦略で変わる日本
池田 陽平
(内閣官房 健康・医療戦略室 参事官補佐)
健康・医療戦略は、「健康・医療戦略室」の内閣官房への設置(2013年2月)、「健康・医療戦略推進法」制定(2014年5月)を経て、2014年7月に閣議決定された。安倍政権の成長戦略の柱の1つであるこの戦略の策定の経緯、内容、推進体制、成果と課題は何か、どのような対策を講じようとしているか。そして、国際化やデジタル化も含めて、この戦略でどんな産業が生まれ、日本がどう変わるのか。健康・医療戦略室で政策立案に携わっている著者が、発展著しい健康・医療分野の全体像と最前線を描き出す。

特集論文Ⅱ 病院経営――その実態と処方箋
北沢 真紀夫
 (ボストン コンサルティング グループ パートナー・アンド・マネージングディレクター)
現在、日本国内の医療機関の経営状態が悪化しており、その7割超が赤字であるという。その最大の構造的な要因は、固定費が高い収益構造にある。今後は少子高齢化がますます進展し、「病院」の経営条件はいっそう厳しくなる。「病院」では急性期疾患中心の治療がされており、高齢化により、急性期治療を受ける患者数が徐々に減少することが背景だ。ここから脱却するための経営改革を実行していかなければならないが、現場では改革に対する反対も予想される。では、具体的に何をすべきなのか。本論文では、医療機関への豊富なコンサルティング経験を持つ著者による、実行しやすい利益改善策から抜本的な経営改善のために必要な構造的施策までを、具体的に紹介する。

特集論文Ⅲ 医療保険者の機能強化と医療提供者とのコラボレーションの構築
森山 美知子
(広島大学大学院医歯薬保健学研究科教授)
国民に提供する医療の質を向上させながら、増大する医療費をどのようにしてコントロールするのかは、各国の喫緊の課題となっている。医療費の増大は、医療の高度化・薬剤費の高額化のみならず、医療提供体制の非効率によるものも大きい。医療費を分析してみると、後期高齢者医療制度においても、複数の慢性疾患を有し、長期入院、入退院を繰り返すなどの特定の高齢者群が大半の医療費を使用していることがわかる。この問題への対策の1つが医療保険者側からの疾病管理であり、プライマリケア・システムの構築である。本論文では、こうした問題に研究者・ベンチャー企業家として取り組んでいる著者が、1990年代初頭にアメリカで始まった疾病管理の動き、プライマリケア、そして、通称オバマケア体制下での責任経営的ケア組織であるACO誕生の流れについて概説し、わが国に必要とされる改革への提案を行う。

特集論文Ⅳ 地域を巻き込む食育とヘルスプロモーション
等々力 英美
(琉球大学地域連携推進機構客員准教授)
長寿県として知られる沖縄県ではあるが、それは伝統的日常食を摂取してきた戦前生まれの高齢者世代のおかげであり、アメリカ統治後、急激に食生活が変化してしまった戦後世代では全国平均を上回る死亡率 を示し、もはや長寿県とはいえなくなってしまった。この沖縄の状況は、日本人の将来を先取りする形で進行しているのではないか。このような問題意識の下、著者は伝統的な食事パターンと沖縄野菜のポテンシャルに着目し、食育への介入研究や地域住民と連携したマーケティングアプローチによる食育ヘルスプロモーションの研究と実践にかかわってきた。若い世代に働きかけて、どのようにして、人々の 絆 と 健康 の礎を 築くのか。多くの事例と調査結果を紹介しながら考える。

特集論文Ⅴ 健康・医療戦略に先行するイノベーティブな企業のビジネスモデル
林 大樹(一橋大学大学院社会学研究科教授)
警備業界のトップ企業であるセコム株式会社は、政府の健康・医療戦略が掲げる「ICTの利活用」「1人1人に合った、多様なヘルスケアサービスの提供」「医療の国際展開」といったビジョンに関連した事業を他社に先駆けて推進している。それに加え、同社は超高齢社会に対応する事業開発をめざして、地域限定で高齢者の生活上のニーズを探った。テストマーケティングの結果は意外なものであった。しかし、それは地域限定の多業種連携体制を構築し、顧客の問題解決に徹底して寄り添う事業のビジネスモデルの開発につながった。地域包括ケアシステムの構築に取り組む自治体、住民ボランティア、NPOにとっても参考になる事例だと思われる。

特集論文Ⅵ 日本における医療管理学の展開――医療管理学の変遷と教育プログラムの特徴・課題
阪口 博政
(国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科講師)
近年、医療サービス提供の環境には大きな変化が生じている。医療サービス提供そのものの変化や、医療費高騰といった環境の下で、医療機関のマネジメントにも「改革」が求められている。本論文では、医療機関の組織・経営に関する学問領域である「医療管理学」が、日本において歴史的にどのように展開してきたのかを、戦後の医療制度・政策の転換点に対応させ4期に区分して明らかにする。また、現在の日本の医療管理学の教育プログラムを概観し、当該プログラムの実務における位置づけや提供対象の観点から、教育プログラムがどのような特徴や課題を持っているのかを考察する。

[特別寄稿] アメリカ海兵隊の知的機動力――組織的知識創造論から二項動態論へ
野中 郁次郎/梅本 勝博
(一橋大学名誉教授/北陸先端科学技術大学院大学名誉教授)
現在私たちは、動きが激しく不安定で、不確実性が高くて先を読みにくい、複雑で曖昧という世界で生きている。企業がこのなかで生き残るためには、ビジネス環境の変化に機敏に対応しながら、自己に有利なように能動的に周りのビジネス環境を変えていく、俊敏な知力と機敏な行動力が融合した「知的機動力」が求められている。このコンセプトはアメリカ海兵隊の研究から着想を得ている。本論文では、海兵隊の歴史、組織とマネジメントを概観しながら、ここで行われている組織的知識創造のプロセスを解明し、従来の知識創造論を一歩進めた「二項動態」の理論化への方向性を提起する。

[技術経営のリーダーたち]
[第30回]アナログとデジタル、感性とインテリジェンスを同時に追求する
川瀬 忍 (ヤマハ株式会社 常務執行役 楽器・音響生産本部長)

[経営を読み解くキーワード]
創造性
永山 晋 (法政大学経営学部専任講師)

[連載]フィンテック革命とイノベーション
[第1回]AI革命で進化するフィンテック
野間 幹晴/藤田 勉
(一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授/一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授)

[連載]ビジネスモデルを創造する発想法
[第5回]美しい「経験価値」を生み出す
井上 達彦(早稲田大学商学学術院教授)

[連載]クリエイティビティの経営学
[第4回]クリエイティビティを育む職場風土とは
稲水 伸行(東京大学大学院経済学研究科准教授)

[ビジネス・ケース]
アイロボット――ロボット掃除機「ルンバ」の革新技術
間野 茂/延岡 健太郎 
(一橋大学イノベーションマネジメント・政策プログラム/一橋大学イノベーション研究センター長・教授)
アイロボットは1990年、マサチューセッツ工科大学の3人によって設立された、ロボット技術やAI技術の商品化における世界のパイオニアである。同社は革新的なロボット技術を開発し、当初は軍事用に使われていた技術を応用して、2002年にロボット掃除機「ルンバ」を発売する。これにより同社はロボット掃除機という新しいカテゴリーを創出し、現在でも、世界で60%以上のシェアを誇っている。これは縮小しつつある生活家電のなかでは稀有な成功事例である。本ケースでは、アイロボットの創業からのソフトウェアとハードウェア両面の技術開発とマーケティングのストーリーを競合企業の動きと対比しながらたどることで、成功の源泉を探るものである。これは革新的な技術を持ちながら、国際競争力を発揮できない日本の製造業に多くの示唆を与えるだろう。

カルビー――経営改革のための働き方改革
浅井 俊克/木村 めぐみ 
(一橋大学イノベーションマネジメント・政策プログラム修了生/一橋大学イノベーション研究センター特任講師)
1949年設立のカルビーは、スナック菓子業界のトップメーカーである。同社は2010年に入り、食品産業のグローバルスタンダードとなるべく、継続的成長と高収益体質の実現をめざして経営改革を開始し、成果を上げてきている。この立役者が外部から招聘された会長の松本晃である。そこで着手されたのが、コスト削減とイノベーション、組織設計であり、その源泉となる働き方の改革である。長く「温かくて甘い会社」であったカルビーが、どのように「厳しくて温かい会社」に進化していくのか。本ケースは、同社の経営改革の全貌をたどるものである。とりわけ、女性活躍やダイバーシティの推進でも世間から注目されている、成果を出すための仕組みづくりや環境づくりを中心に描いている。

[マネジメント・フォーラム]
インタビュアー/米倉 誠一郎
「医療費を適正化する」ビジネスでプラットフォーマーをめざす
谷田 千里 (株式会社タニタ 代表取締役社長)

[私のこの一冊]
■キリギリスにならないための投資術――バートン・マルキール『ウォール街のランダム・ウォーカー(原著第11版)』
玉田 俊平太 (関西学院大学大学院経営戦略研究科教授)

■ライク・ア・ローリング・ストーン――くるり・宇野維正『くるりのこと』
原 泰史(政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策研究センター専門職)

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