【一橋ビジネスレビュー】 2016年度 Vol.64-No.4

2016年度<VOL.64 NO.4>特集:イノベーション研究これからの20年

 

 

12・3・6・9月(年4回)刊編集
一橋大学イノベーション研究センター
発行 東洋経済新報社

特集:特集は「イノベーション研究 これからの20年」。これからのイノベーション研究は何がテーマなのか。1997年創設の一橋大学イノベーション研究センターの20周年記念特大号として、同センターのメンバー11名が結集。「日本の失われた20年」を振り返りつつ、未来に向けて挑むべきテーマをさまざまな角度から論じる。

特集論文Ⅰ 循環型経済のためのイノベーション
ジョエル・ベーカー・マレン
(一橋大学イノベーション研究センター専任講師)
企業活動による自然環境への負荷が増す近年、最も重要なトピックの1つと考えられている循環型経済。温室効果ガスや化学物質の排出、資源の過剰な採掘に歯止めをかけ、サステイナブルな事業運営を達成するべく製品リサイクルや加工済み原料の再利用をより効果的に行うプロセスの開発が進む。その一方で、いまだ課題は多い。本論文では、循環型経済への移行に必要なイノベーションを3つの領域から検討するとともに、従来型のビジネス論理との関係における収益性の問題について、いくつかの先進的な企業の事例をもとに解説する。

特集論文Ⅱ 顧客価値の暗黙化
延岡 健太郎
 (一橋大学イノベーション研究センター長・教授)
イノベーションマネジメントに関する近年の大きな変化の1つは、顧客価値の暗黙化である。客観的に評価・測定できる商品の機能や仕様だけでは商品の価値が決まらない傾向が強まった。顧客価値は、顧客が使用するコンテクストと主観的な評価、感性・情緒などに依拠する。結果的に、数値化や言語化ができない暗黙的な価値が重要になっている。顧客価値の基準が変化してきたのである。本論文では、顧客価値の暗黙化に向けて、①価値創出を考える枠組みとしてのSEDAモデル、②それを実現する組織構造と分業体制の見直し、の2点を提案する。日本企業が再び、ものづくりで世界的な競争力を高めるための必要条件である。

特集論文Ⅲ デジタル技術の進歩がもたらした産業変化
青島 矢一
(一橋大学イノベーション研究センター教授)
この20年間にわれわれが経験した社会経済の変化の背後には、①半導体の微細化、②モジュール化、③情報通信の高速化という、電子情報技術を中心とした3つの進歩があった。それらは、複雑で巨大なシステムを処理する力をわれわれに与え、新たなサービスやビジネスの導入を促すとともに、産業や企業の競争基盤に抜本的な影響をもたらしてきた。本論文では特に、製品という人工物が長い間維持してきた安定的な概念や境界の崩壊を導くことによって、これら3つの進歩が産業や企業のあり方を変えてきたことを論じる。議論の内容を描写するために、この20年間に栄枯盛衰を経験したデジタルカメラ産業の分析を紹介する。

特集論文Ⅳ イノベーションを見る眼
軽部 大
(一橋大学イノベーション研究センター准教授)
本論文では、新しい知識や知恵の創出過程に注目する既存研究とは異なる見方、言い換えれば“イノベーションを見る眼” を提案する。基本的主張は、イノベーション研究は事前の「バカな(非常識)」と事後の「なるほど(常識)」を結果的に結びつける周縁領域の変則事例の発見・受容・制度化過程の解明にもっと注力すべきである、というものである。イノベーション研究とは、事前の変則事象が事後の当たり前として受容される過程を解明する研究領域であり、周縁で起きる変則事象の「正当化」に関する研究である。

特集論文Ⅴ ネットワークは何のために?
西口 敏宏
(一橋大学イノベーション研究センター特任教授)
血縁・同郷縁に基づく商業ネットワーク、あるいは、市場関係のサプライチェーンといった見かけ上の差異を超えて、よく機能するつながり構造を持つコミュニティーでは、継承された、あるいは、新たに共有された成功体験が成員間に「刷り込まれ」、その累積から「同一尺度の信頼」が派生し、同じコミュニティーへの帰属意識が強化されると、面識のないメンバー間でさえ、積極的に協力しあう「準紐帯」が醸成される。その結果、個人能力の総和とは異なる、特定コミュニティーのみに顕著な環境異変への耐性と成育力が担保され、しばしば長期的繁栄が伴う。

特集論文Ⅵ 企業の新陳代謝とクレイジー・アントルプルヌアの輩出
米倉 誠一郎
(一橋大学イノベーション研究センター教授)
997年に一橋大学にイノベーション研究センターが設立されて20年が経つ。その間、日本にとっては国際競争力が低下し続ける「失われた20年」であった。こうした状況のなかで、今後20年をかけて取り組むべきイノベーション研究の課題はどこにあるのだろうか。本論文では、同時代における日米企業の時価総額のデータなどから、時代を牽引する産業群の新陳代謝の問題を分析する。ITを中心とする新産業がリードするアメリカと、新陳代謝が硬直化している日本の対比を明らかにする。そして、日本が21世紀社会のプラットフォーム競争において生き残るために、新しい企業を生み出す仕組みと、アントルプルヌアを生み出す仕組みの研究こそが不可欠であることを提起する。

特集論文Ⅶ イノベーションにおけるインセンティブの役割
大山 睦
(一橋大学イノベーション研究センター准教授)
イノベーションとは新しいものを創出することであり、既存の考え方や枠組みの延長線上に存在するものではない。イノベーションを起こす人や組織は、独自の視点や考えを保持しており、他人の目からは奇異に映るかもしれない。したがって、イノベーションを起こす人や組織は合理的な考えよりも自らの直感を優先し、外部から与えられる動機づけには反応しないと考えられる。果たして、インセンティブはイノベーションを促さないのだろうか。本論文では、イノベーションとインセンティブの関係を契約理論の視点から捉え、イノベーションを起こす人や組織はインセンティブに反応するだけでなく、インセンティブの仕組みを積極的に利用していることを考察する。

特集論文Ⅷ 加速するイノベーションと手近な果実
清水 洋
(一橋大学イノベーション研究センター准教授)
人工知能や自動運転、あるいは仮想現実や拡張現実、ゲノム編集など多くのイノベーションが生み出されている。イノベーションはますます加速しているように見える。しかし本当に、イノベーションはそれほど次々と生み出されているのだろうか。イノベーションが、既存のシステムを大きく創造的に破壊するラディカルなものであるほど、社会への普及やその結果としての生産性の向上には、長い時間がかかるはずである。企業の中央研究所が縮小傾向にある現在、長い時間がかかる基盤的な技術の開発やその累積的な改良といったことが行われにくくなり、手近な果実の組み合わせを追い求める傾向があるのではないか。もし、そうであるならば、それでは達成できないイノベーションが失われてしまっている可能性がある。

特集論文Ⅸ 政府が行うべきイノベーション支援
江藤 学
(一橋大学イノベーション研究センター教授)
20年後をめざしたイノベーション研究はどうあるべきか、に並行して考えておかなければならないのが「政府はイノベーションをどのように支援するのか」である。イノベーション政策が、研究開発支援政策のみでないことは当然であるにもかかわらず、いまだにイノベーション政策の中心は、研究開発活動に対する資金支援だ。それも、競争前領域と呼ばれる基礎研究に偏重している。政府のイノベーション政策は、20年後もこのままでよいのだろうか。

特集論文Ⅹ 特許制度改革
岡田 吉美
(一橋大学イノベーション研究センター教授)
特許権は、占有ができず目に見えない「発明」という技術情報を保護する排他権であって、独自創作でも他者の権利の侵害となる知的財産権であり、他者の権利の認知困難性という特殊性がある。電気製品や自動車などのように多数のハードウェアおよびソフトウェアを統合して構成される商品では特許侵害を避けることが難しく、硬直的な差止請求権制度の下では産業活動の阻害など支障を来すおそれが大きい。権利濫用の法理やTRIPS協定を前提とする裁定実施権制度では解決が困難であり、①権利濫用の法理を超えた差止請求権の制限の導入、②刑事罰(特許侵害罪)の廃止、および③三倍賠償制度の導入、からなる三位一体の特許基本インセンティブ制度設計改革が必要である。

特集論文Ⅺ 標準必須特許の諸問題について
カン・ビョンウ
(一橋大学イノベーション研究センター専任講師)
2017年1月にクアルコムが米連邦取引委員会とアップルから標準必須特許の問題で提訴され、注目を浴びている。1990年代から始まった標準必須特許の諸問題が20年以上経過した今でも絶えず続いている。その理由は、標準必須特許の諸問題が難題化または深刻化したからではなく、その問題に対する解決策がなかなか見つからないからである。問題解決が難しくても、研究者がその問題を野放しにしたわけではない。実際のところ、さまざまな角度から研究が進められており、その結果、標準必須特許問題に関する多くの知見を得ている。本論文では、これまで行われてきた標準必須特許の諸問題に関する議論を代表的な研究の紹介とともにまとめ、その上で今後の課題を述べる。

[一橋大学イノベーション研究センター特別対談]
イノベーションこそが国を豊かにする!
野中 郁次郎/米倉 誠一郎
(一橋大学名誉教授/一橋大学イノベーション研究センター教授)

[経営を読み解くキーワード]
労使関係
篠原 健一 (京都産業大学経営学部教授)

[連載]ビジネスモデルを創造する発想法
[第3回]反面教師からの良い学び
井上 達彦(早稲田大学商学学術院教授)

[連載]クリエイティビティの経営学
[第2回]クリエイティブとイノベーティブの違いは何か?
稲水 伸行(東京大学大学院経済学研究科准教授)

[ビジネス・ケース]
Peach Aviation――コーポレートベンチャリングによる日本版LCCの創出
新藤 晴臣/和田 雅子 
(大阪市立大学大学院創造都市研究科博士後期課程/
大阪市立大学大学院創造都市研究科教授)
Peach Aviationは、全日本空輸(ANA)を母体に設立されたローコストキャリア(LCC)である。わずか2路線から出発した同社は、2016年11月現在、国内線14路線、国際線12路線を運航している。LCCというと、簡素なサービスによる低価格に着目されがちだが、Peachでは、定時運航や安全性も同時に実現する「空飛ぶ電車」というコンセプトを掲げている。このコンセプトを実現するためには、航空業界に関する知見に加えて、業界常識を超えたイノベーションが同時に不可欠であり、そうした面において、PeachがANAによるコーポレートベンチャリングを通じて設立されたことは、重要な意味を持つ。本ケースでは、母体企業との関係をはじめとするコーポレートベンチャリングの概念を念頭に置きつつ、Peachの創業プロセスについて考察を加えていく。

夕張――地域の再生と企業
木村 めぐみ 
(一橋大学イノベーション研究センター特任講師)
北海道の夕張は、かつては炭鉱のまちとして栄え、現在でも夕張メロンや国際映画祭の開催など、特色ある地域として知られる。しかし、夕張では、四半世紀前には地域経済の基盤であった鉱業が撤退し、10年前には市が財政再建団体(現在、財政再生団体)入りした。人口減少や少子高齢化の進行も全国より早い。近年、地方創生の重要性が高まり、企業による地域貢献の事例も増えている印象を受けるが、人口減少や少子高齢化は実感が難しく、想定される問題も推測の域を出ていない。そのため本ケースでは、真に再生が必要な地域である夕張の企業(地元企業3社、進出企業3社)への聞き取り調査を通じて、炭鉱の閉山や財政破綻を経た今日の現状と課題を探った。

[マネジメント・フォーラム]
インタビュアー/米倉 誠一郎
マーケットインの思想で「脱繊維」の大構造改革をリーダーとしてやり遂げる
坂本 龍三 (東洋紡株式会社 代表取締役会長)

[私のこの一冊]
■多様な価値観の衝突がイノベーションを生む――デヴィッド・スターク『多様性とイノベーション』
 宮尾 学 (神戸大学大学院経営学研究科准教授)

■日常世界の成り立ちの根本を問う――山口一郎『現象学ことはじめ』
 露木 恵美子 (中央大学大学院戦略経営研究科教授)

[ポーター賞受賞企業に学ぶ]第16回  
大薗 恵美(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)

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