2014年度<VOL.62 NO.3> 特集:小さくても強い国のイノベーション力
12・3・6・9月(年4回)刊編集
一橋大学イノベーション研究センター
発行 東洋経済新報社
特集:アメリカ、ロシアといった大国のイノベーション力が相対的に弱まるなか、いわゆる小国と呼ばれる国々のイノベーション力に注目が集まっている。本特集では、「日本はもっと小国のイノベーションを学ぶべき」という意識の下、小国でイノベーション力が強いと評価される国々の事例を取り上げる。各国のビジネスの成功を生み出すイノベーション力の源泉を探り、小さくても強い国のイノベーション力をいかにして取り込み、日本企業のイノベーション力向上に活用できるかを考察する。
特集論文Ⅰ 人材能力マネジメントが生み出すスイスのイノベーション力
江藤 学
(一橋大学イノベーション研究センター特任教授)
オーラルケアのトップ企業であるサンスターの本社所在地がスイスであることを知っている読者はどのくらいいるだろうか。外国企業の本社や研究所の誘致を積極的に進めるスイスの実体は、その1人当たりGDPが日本の倍近くもあるなど、日本人が従来抱いていたイメージとは異なり、世界最高水準の競争力とイノベーション力を有する国である。本稿では、その強さの本質を、主に人材育成の観点から探り、日本企業のグローバル化において学ぶべき点を考察する。
特集論文Ⅱ シンガポールのイノベーション力―フィンランドとの同質性・異質性
渡辺千仭
(シンガポール国立大学客員教授/フィンランド・ユヴァスキュラ大学客員教授/東京工業大学名誉教授)
狭隘な島国であり、わずか547万人の人口で世界を相手にするシンガポールは、いまや世界の注目国家である。資源、土地、人口、人材すべてが皆無に近かったこの小国は、さまざまな難局に強い信念、堅固な意志、卓越した構想力と抜群のリーダーシップで立ち向かった初代首相リー・クアンユーの培ったイノベーション力をもとに、瞬時も休まず経済成長と雇用創出をまっとうし、北欧の優等生フィンランドと並んで世界競争のトップに伍すに至った。2015年に建国50周年を迎えるこの国は、成熟経済に移行し、少子高齢化も進み、フィンランドが先行する幸福重視路線へのシフトか、そこで回帰も叫ばれている成長追求路線の持続か、時代に合った軌道の選択を求められている。
特集論文Ⅲ デンマーク流戦略的参加型デザインの活用―北欧の高い生産性を支える文化・国民性、社会構造、戦略的手法
安岡美佳
(コペンハーゲンIT大学サービスデザインプロジェクトリーダー)
デンマークは、近年、国際的なイノベーション指数や働きやすさ調査などで高順位を記録し、高い生産性が注目されている。その力の源泉はどこからきているのか。今まで、北欧諸国の躍進は、主に北欧文化の独自性や社会構造の視点から議論されてきた。本稿は新たに、戦略的参加型デザイン手法の活用という視点を示す。これは、小国の危機意識からイノベーションのための戦略的手法が意識的に社会に導入されていること、それらの手法が北欧文化や社会構造と高い親和性を持っていることで相互作用が働き、国の創造力を喚起し生産性向上に貢献しているという視点である。事例として、日本企業のゼリア新薬工業の子会社ZPD A/Sが、いかにデンマークという場を活用しているか、文化・国民性、社会構造、戦略的手法の視点から紹介する。
特集論文Ⅳ オランダのフードバレー―小さな農業大国の食品クラスター
伊藤宗彦/西谷公孝/松本陽一/渡辺紗理菜
(神戸大学経済経営研究所教/神戸大学経済経営研究所准教授/神戸大学経済経営研究所准教授/ 神戸大学経済経営研究所特命助教)
人口1600万人ほどの小国であるが、オランダは農業大国として世界的に有名である。同国東部に、近年急速に存在感を増しつつある食品クラスター(フードバレー)がある。本稿では、筆者らが2012年と2013年の2年間に行った現地調査に基づき、このクラスターの特徴を浮き彫りにする。調査から得られたフードバレーの特徴は以下の3つだ。第1に、産学官のさまざまな組織がきわめて柔軟に連携しながらイノベーションを推進している点である。第2に、第1で挙げた組織間連携は以前からオランダに見られた特徴であるが、それをオランダの歴史に根差した自然発生的な個別企業の取り組みからクラスターとしての特徴になるよう、必要な資源へのアクセス改善のために、研究組織やネットワーク作りを支援する組織の整備が進められてきた点だ。第3に、企業のニーズを起点とし、それに応えるというのが、これら支援組織に共通する活動の動機となっている点である。フードバレーには「科学とビジネスの出合い」という確固たるビジョンと、それを成し遂げるための現場の日々の柔軟な取り組みが共存している。
特集論文Ⅴ 紛争国とハイテク国家という2つの顔を持つイスラエル―イノベーション能力と政治的現実の狭間の国
中島 勇
(公益財団法人中東調査会 主席研究員)
イノベーション国あるいは起業国家といわれるイスラエルは、常に紛争に直面してきた国でもある。建国以来、国営企業のなかに蓄積された技術やノウハウは、1980年代末からの経済民営化の過程で市場に流出するようになり、イスラエルは1990年代以降ハイテク国家に変身していった。小国としての限界はあるものの、ユダヤの長い知的伝統と新たな国作りのなかで生まれた実践的かつ開拓者的革新性もあわせ持つユニークな国民性、時に傲慢と批判されることもあるイスラエル人の強烈な自己確信は、失敗をおそれず、誰もやっていないことに挑戦する自信の源になっている。しかし、紛争の国のイノベーション能力がさらに発展するためには、紛争のない経済的環境を作る必要がある。
[「青色LED」ノーベル賞受賞に寄せて]
なぜ「本命」ではなかった彼らが成し遂げたのか―今後の日本企業が学ぶこと
清水 洋
(一橋大学イノベーション研究センター准教授)
2014年のノーベル物理学賞は、青色LEDを発明した、中村修二、天野浩、赤﨑勇の3人が受賞した。多くの組織がしのぎを削るなかで、青色LEDを実現したのは、もともとこの領域をリードしていた「大企業」ではなく、いわば新規参入組であった日亜化学工業や豊田合成であった。なぜ彼らは優れた成果を挙げることができたのか。経営学の視点から、そのカギがどこにあるのか、これからのイノベーションに活かす教訓は何かを探る。
[特別寄稿]
最適資本構成は「最適」か
伊藤友則
(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)
誰でも知っているように「自己資本比率が高い会社は安全性が高い」とされる一方で、アメリカ中心の近代コーポレートファイナンス理論では、「無借金経営は資本効率が悪い」といわれる。実際、コーポレートファイナンスの潮流では、ROE(株主資本利益率)改善とEPS(1株当たり利益)増大による株価上昇を目的に、最適資本構成(負債比率)といわれる水準まで負債を抱えることが理想とされている。しかしながら、今日のように企業を取り巻く環境の変化の激しい時代に、そのような最適点をめざして負債を抱えることは企業の資本政策として本当に有効であろうか。また、借り入れによる自社株買いといった最近の株主還元策にも疑問を感じる。本稿では、実際のケースを踏まえ、そもそも最適資本構成はどこにあるのか、日本企業にアメリカ流のコーポレートファイナンス理論が当てはまるのか、今日の経済環境に適した資本政策とは何か、適切な株主還元のあり方とは何か、といった論点について考察する。
[特別寄稿]
集合知の共創と総合による戦略的物語りの実践論
野中郁次郎/廣瀬文乃
(一橋大学名誉教授/一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任講師)
これまで知識創造理論では、経営における知識という無限の資源に着眼し、個人の暗黙知の共有を発端とする組織的な暗黙知・形式知の相互変換プロセスによって、個人レベルの知が開放され、組織の知識が増幅・発展するというSECIモデルで日本企業の強みを説明してきた。一方で、科学的・分析的・演繹的な西欧型のマネジメントモデルの行き詰まりを背景に、欧米の経営学では「物語り的転回」と「実践的転回」が起きている。知識創造理論はそれらを先取りし、包含しているといっても過言ではない。特に、物語り的戦略論は、企業活動を一体的に捉え、戦略の形成と実践の両方を包含する手法として研究されている。本稿では、こうした最近の戦略論の研究成果をもとにしながら、暗黙知・形式知・実践知の「知のダイナミック・トライアド」を実践面で発展させた「物語り的戦略」という観点を提示する。そのなかで、大きな物語りを描いて改革を達成した富士フイルムと日立製作所の事例を紹介しながら、その形成と実践、それを支援する組織形成までを論じる。
[経営を読み解くキーワード]
社内政治
坪山雄樹
(一橋大学大学院商学研究科准教授)
[技術経営のリーダーたち] 第22回
情報を貪欲に吸収し、技術の差別化を図ることが市場で先行するカギを握る
表 利彦
(日東電工株式会社 取締役 常務執行役員)
[ビジネス・ケース]
味の素――健康リスク解析サービス「アミノインデックス」の事業化におけるコラボレーション
清水 洋(一橋大学イノベーション研究センター准教授)
人間の血液中には20種類以上のアミノ酸が含まれている。そのアミノ酸の濃度のバランスの測定を通じて健康状態を明らかにするのが、味の素が2011年から展開する「アミノインデックス」事業である。将来のビジネスの広がりが大いに期待される同事業であるが、同社にとって従来の製品ビジネスとはまったく異質のものであるにもかかわらず、構想からわずか9年というスピードで、投資を抑えて、利益率の高いサービスの開始に至った。本ケースでは、味の素による事業構想から新サービス開始までの過程を振り返り、成功要因と考えられるパートナー企業とのコラボレーションについて考察する。
[ビジネス・ケース]
新日鉄住金エンジニアリング――異なる事業部の寄せ集めから1つのエンジニアリング企業へ
島貫智行
(一橋大学大学院商学研究科准教授)
新日鉄住金エンジニアリングは、新日鐵住金グループの総合エンジニアリング企業であり、製鉄プラント、環境ソリューション、海洋・エネルギー、建築・鋼構造という4つの事業領域を持つ。同社は1974年に旧新日本製鐵のエンジニアリング事業本部として発足し、その後2006年7月に新日鉄エンジニアリングとして分社した。しかし、エンジニアリング事業本部はもともと製鉄事業以外の事業部を集めて設立され、本部という組織体制上のくくりはあったものの、30年にわたって各事業部の独立性が高く維持されてきたため、事業部の縦割り意識がきわめて強く、事業部間の連携や本部全体の一体感はほとんどなかった。こうした状況で、分社後の初代社長に就任した羽矢惇は、新会社を異なる事業部の寄せ集めではなく1つのエンジニアリング企業とするための経営改革を実行した。本ケースでは、エンジニアリング事業本部の誕生から分社までの経緯と羽矢による分社前後の経営改革を振り返りながら、強い企業体を作るための組織・人材マネジメントを考える。
[連載] 経営学への招待 第3回
経営学は「世のため人のため」か?――ミクロの視点からマクロを語る
青島矢一 / 榊原清則
(一橋大学イノベーション研究センター教授/中央大学大学院戦略経営研究科教授)
[コラム] 経営は理論よりも奇なり 第4回
経営の神話と事実
吉原英樹 (神戸大学名誉教授)
[マネジメント・フォーラム]
インタビュアー/米倉誠一郎
グローバル市場で最高の価値をもたらす最高の人材を得ることが国の力となる
ロジェ・ツビンデン
(在日スイス大使館 商務担当参事官/スイス・ビジネス・ハブ 日本代表)
[私のこの一冊]
■GM本社が葬り去ろうとした「永遠の名著」――『GMとともに』
曳野 孝 (京都大学経営管理大学院・大学院経済学研究科准教授)
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