【一橋ビジネスレビュー】2025年冬号 Vol.73-No.3

2025年冬号<VOL.73 NO.3>特集:日本企業のR&Dとイノベーション ー 知識創造とビジネスの新結合

 

 

12・3・6・9月(年4回)刊編集

一橋大学イノベーション研究センター
発行 東洋経済新報社

特集:R&D(研究開発)は、新しさを生み出すための組織的な活動であり、ビジネス機会の源泉である。しかし日本企業ではR&Dが戦略とうまく結びついていない。近年、オープンイノベーションが広まり、新しい知識を外部から取り入れることの重要性が喧伝されているが、自社のR&Dを削って外部の知識に頼ると、中長期的な成長は見込めない。また、外部からの知識を効果的に吸収する能力も低下してしまう。グローバルに見ると、企業は基礎研究を増やすなど、R&Dが見直されている。日本企業にとっても、R&Dをより密接に経営戦略と結びつける時期に来ている。本特集では、日本を代表する企業の実務家とイノベーション経営の研究者の知を結集し、新たなR&D投資が大きな可能性を広げられることを提案する。

特集論文Ⅰ 新しいビジネス機会の源泉としての研究開発:日本企業の課題と展望
清水 洋/鉄川弘樹
(早稲田大学商学学術院教授/ソニーグループ株式会社 先端研究部 統括部長)
研究開発の方向性は、経営戦略を構築してから、それに従って決まる。研究開発のアウトプットを新しい製品やサービス、生産工程だと捉える企業はこのように考えがちである。しかし、研究開発のアウトプットはこれだけではない。重要なアウトプットは、新しいビジネス機会だ。新しいビジネス機会は、情報の非対称性から生まれる。研究開発は、組織的に新しい知識を生み出す活動であり、新しいビジネス機会の源泉である。研究開発投資を削って、新しい技術は外から調達すればよいと考える企業もある。これにより、短期的に利益率は上がるかもしれない。しかし、すぐに模倣が起こり、やがて利益率も下がる。外部の「正解」に依存すれば、評価済みの技術を高値で競り合うだけで、新しいビジネス機会も見逃す。本稿では、研究開発が儲からないという誤解をまず解いた上で、研究開発をビジネス機会創出の源泉として再設計することと、それを経営戦略に取り込む大切さを考えていく。

特集論文Ⅱ 中央研究所の時代は終わったのか:終焉の言説を顧みる
高田直樹
(一橋大学大学院経営管理研究科講師)
本稿では、日本の「中央研究所の時代」をマネジメントの観点から回顧し、その役割と意味を改めて考える。そこから見えてくるのは、かつての中央研究所が十分な成果を得られなかったことは、中央研究所という仕組みそのものの限界ではなく、当時まだ新しい機能だったためにマネジメントのノウハウが未成熟だった面も大きいことである。いまや企業の研究開発は外部との連携に軸足を移したが、中央研究所を長期的な研究の拠点や連携のハブとして活用する動きも続いている。技術が複雑化し、競争が激しさを増す今だからこそ、企業における研究のあり方を問い直す必要がある。

特集論文Ⅲ 持続的イノベーションで未来を共創する、志と科学の経営:味の素グループの戦略的アプローチによる経営変革
白神 浩
(味の素株式会社 取締役 代表執行役副社長/CIO研究開発統括
現代社会は複雑な課題に直面し、デジタル技術の進化とともに産業構造の変化が加速している。企業は既存の枠にとらわれず、長期的な視点でイノベーション創出力を高め、非連続的な成長を実現する経営変革がいっそう求められている。本稿は、味の素グループで研究・事業開発をリードしてきた筆者が、同グループが実践する中長期視点の経営変革の取り組みを紹介する。同グループは明治期の創業以来、「志」と科学の融合によって長期的な価値創造を実現し、食品からヘルスケア、半導体の電子材料まで広範な分野で事業を展開してきた。その背後には、事業と研究開発を連動させたビジネスモデル変革、イノベーションエコシステム、人的資本経営の実践があった。これらの具体例を紹介しながら、味の素グループがさらに未来志向の価値共創を実現し、イノベーションを継続的に生み出す経営の進化に取り組んでいることを明らかにする。

特集論文Ⅳ コア技術の創発的横展開:村田製作所の「にじみ出し」による革新的製品の創造
久保田達也/陰山孔貴
(成城大学社会イノベーション学部教授/関西大学商学部教授
コア技術の横展開はいかにして実現されるのか。企業が固有に持つコア技術を異なる技術や製品へと効果的に横展開することができれば、技術基盤を強化しつつ、変化する顧客のニーズにも対応することが可能だ。この「コア技術の横展開」に関する従来の研究は、主にトップダウンによる戦略的・計画的な側面に光を当ててきた。その一方で、コア技術の横展開が組織のなかでどのようにして実現されるのかというプロセスにまで踏み込んだ研究は非常に少ない。本論文では、このギャップを埋めるべく、コア技術の横展開を「創発的なプロセス」として捉え直す。コア技術の横展開を「にじみ出し」と呼び、積極的に行ってきたことで知られる村田製作所の事例から、コア技術の創発的な横展開を促す工夫や組織環境を明らかにする。

特集論文Ⅴ AIロボット駆動イノベーションの源泉を作る
牛久祥孝
(株式会社NexaScience 代表取締役
かつて世界をリードした日本の研究開発は、今、停滞の色を隠せない。高騰するR&Dコスト、研究人材の減少、企業研究所の縮小や大学の研究力低下により、かつての強みは揺らぎつつある。研究成果が社会や事業に結びつかず、知識の生産と活用の断絶が広がっていることが構造的課題となっている。必要なのは「成果物」ではなく、価値創造のプロセスを刷新することだ。生成AIやロボティクス、AIエージェントの進展は、研究理解・仮説生成から実験、知財化、事業化に至る一連の流れを統合し、人とAIが協働する新しいイノベーション像を描きつつある。画像認識とマルチモーダル(画像+テキスト)AIの研究者であり、起業家でもある筆者は、暗黙知を多く蓄積してきた日本企業にとっては、最先端のAI技術との組み合わせに日本発イノベーションというチャンスがあることを説く。

特集論文Ⅵ 企業における研究と経営の再定義:不確実な時代をどう乗り越えるか
鉄川弘樹/山内 裕/高田直樹
(ソニーグループ株式会社 先端研究部 統括部長/京都大学経営管理大学院教授/一橋大学大学院経営管理研究科講師
厳しいグローバル競争にさらされるなか、企業は不確実性を抱える研究所を維持する余裕がなくなり、研究所は閉鎖・変容を余儀なくされてきた。一方で近年、AIに代表される先端技術の劇的な進化により経営環境が大きく変わり、「研究」という機能はより重要性を増している。企業は、研究をどう位置づけて運営したらよいのだろうか。自社の研究所で、事業部に即した成果を望みやすい研究に特化し、難易度の高い新技術・新規事業創造に向けた技術や、リスクを取って事業化しようとするスタートアップの買収ならびに他社・大学との協業を通したオープンイノベーションで獲得する戦略を取ることは、限界を迎えている。コアビジネスですら、まったく新しい事業モデルによって塗り替えられかねない現在においては、研究機能を社外に依存することはリスクが高い。一方で、新規事業のネタが生まれてくることを期待して、研究に寛大な投資をすることも現実的ではない。本稿では、企業における「研究」と「経営」の関係を再定義し、「経営=研究」というテーゼを提起する。

[連載]デジタル時代の組織戦略
[第1回]デジタル技術と共進化する組織と働き方
清水たくみ
(慶應義塾大学総合政策学部准教授)

[連載]ビジネス・ケースの美味しい読み方
[第3回]ビジネス・ケースを味わう:理論で仕立てるコース料理
積田淳史
(成城大学社会イノベーション学部准教授)

[連載]産業変革の起業家たち
[第25回]早く起業して、さらに大きな挑戦へ。建設DXから始まる起業家の道
宮谷 聡
(ローカスブルー株式会社 代表取締役社長CEO)
インタビュアー:青島矢一/藤原雅俊

[ビジネス・ケース]
ヘラルボニー ――違いを価値に
軽部 大/内田大輔/山田仁一郎
(一橋大学イノベーション研究センター教授/慶應義塾大学商学部教授/京都大学経営管理大学院教授
障害者の就労課題は、個人の能力ではなく、社会制度や慣習が生む「社会的障壁」に起因する点に本質がある。法定雇用率制度などの整備が進む一方で、福祉とビジネスが分断されたままでは、真に分け隔てのない社会は実現しない。必要なのは、障害を「欠如」ではなく「違い」として捉え、その特性を経済的価値へと転換する社会的変革である。ヘラルボニーは、障害のある人のアート作品を知的財産として管理し、企業や自治体と連携した商品・空間・体験へと展開し、収益の一部を作家に還元する独自モデルを築いた。「異彩を、放て。」をミッションに掲げる同社は、違いを喜びと憧れ、そして共感の源泉に変え、福祉を市場経済に組み込む挑戦を通じて、多様性を基盤とする新しい経営と社会の可能性を提示している。

コプレック ――「工場を、誇ろう。」プロジェクトによる製造業のリブランディング
桐山智光/腰原茂弘/佐藤和/二木康裕/西阪卓/坂東淳子/山下慶子/青島矢一
(一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学大学院経営管理研究科修士課程/一橋大学イノベーション研究センター教授

コプレックは、1951年に静岡県掛川市で創業した精密板金加工を中核とする企業である。2013年に3代目社長に就任した小林永典は、「絶句される工場にする」「家族や恋人がきても恥ずかしくない工場にする」という革新的コンセプトを掲げ、投資の重点を工場設備から社員の健康・学習といった人的資本へと大胆にシフトした。2022年には「工場を、誇ろう。」プロジェクトを開始。統一デザインのブランディングを展開し、工場内外のイメージを一新した。この一連の変革が評価され、日経クロストレンド BtoBマーケティング大賞など、数々の賞を受賞した。求職者数や共同プロジェクトの増加など、外部評価の高まりが実績として表れ始めている。本ケースでは、永典が社長に就任した2013年から今日に至るまでの一連の組織改革プロセスを述べる。

[マネジメント・フォーラム]
VC的な発想で研究開発の勝率を高める
岡野原大輔
(株式会社Preferred Networks 代表取締役最高技術責任者)
インタビュアー:米倉誠一郎清水 洋

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